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2012-09-15 10:19

(連載)国家意識・民族意識を完全に喪失した日本人(1)

酒井 信彦  日本ナショナリズム研究所長・元東京大学教授
 今回の尖閣列島の巡る日本と中国の紛争で、中国はまたしても巨大な外交的成果をあげた。それは二つのことから明確に断言することができる。一つは石原都知事が計画した尖閣諸島の実効支配が、日本の国家権力によって完璧に潰されたことであり、もう一つは中国駐在の日本大使が襲撃され、日本国旗を強奪されたことである。まず都知事が企てた尖閣の都による購入は、多額の寄付金が集まったにも拘わらず、国が都による上陸調査を拒否し、地権者が都ではなく国に売却することに決定したことによって、夢まぼろしとなってしまった。つまり所有者は国になっても、今まで通りの放り出し状態にすることであり、石原都知事の構想した実効支配の実現は完全に潰えた。ただしことここに至ることは、ある程度予想できたと言わなければならない。尖閣諸島は、1978年の日中「平和友好」条約が締結された際、実効支配が計画されたが行われず、自民党政権が手につけないまま、30年も無為に過ごしてきた歴史があるからである。その間、中国は急速な経済成長を遂げ、その成果を軍事に投入する、文字通りの「富国強兵」路線を驀進し、世界第二の軍事大国に成ってしまった。民主党政権に、実効支配に踏み切る勇気があるとは、とても考えられない。

 それよりも、私が今回の一連の出来事で、決定的に重大だと考えるのは、日本大使襲撃事件の方である。事件は8月27日夕方、北京で起った。丹羽宇一郎大使を乗せた公用車が、二台の車で前を塞がれた停車し、公用車についていた日本国旗を強奪されたものである。犯人の顔と車のナンバーは、日本大使館員が撮影しており、ただちに当局に提出された。その後の経過については、9月5日の産経新聞の記事によると、犯人は2日後の8月29日に身柄拘束された。河北省出身の郭という23歳の男と、黒龍江省出身の夏という25歳の男だが、個人名すら公表されていない。結局、治安管理処罰法という法律で、5日間の行政勾留処分となっただけであった。処分が下されたのが8月31日で、勾留期間が過ぎた9月4日に発表されたのであり、全く我が国を馬鹿に仕切った、幕引きのやり方であった。

 そもそも国旗は国家を視覚的に象徴するものであって、外国の国旗を奪ったり、毀損したりすることは、その国家を積極的に辱める行為であり、それ自体が重大な犯罪である。ただし日本人は、日本国旗が外国で、特に中国と韓国で、破り捨てられたり燃やされたりすることに、今まで全く無頓着に見過ごしてきた。しかし今回の事件は、そんなレベルを遥かに超えた、日本国家そのものに対する凄まじい侮辱罪である。大使というものは相手国に対して、自らの国家を代表する最高の人格であって、その大使が脅されたことは、日本国家そのものが脅迫されたことを意味する。しかし、この極度の重大犯罪に対する中国政府の処理に対して、日本政府はたちまち承服してしまった。まことに不様極まる醜態は、まだ捜査の結果が全く明らかにされていない9月2日の段階で、北京で開催された日中国交40周年を記念する「スーパー夏祭り」なるものに、当の丹羽大使自身がのこのこ出かけていって、盆踊りを踊っていることである。状況からいったら、こんな行事は日本側が積極的に拒否すべきものであった。なおこれは中国側の強い要望によるものらしいが、この時点で既に相手に完敗しているのである。

 そもそも今回の事件が、一部の人間による偶発的な事件とは、全く考えられない。完全に中国政府が仕組んだ計画的な犯罪であるに違いない。それは2年前のことを回顧すれば、すぐに分かることではないか。2年前、尖閣にやってきた漁船員なるものを逮捕したら、たちまち報復処置として、フジタ社員四人を拉致監禁した。それにおびえた日本政府は、逮捕した漁船員をたちまち釈放してしまった。フジタ社員を拉致監禁したのは、紛れも無く中国政府そのものであった。つまり石原都知事の発想による、尖閣諸島購入問題が発生してから、中国側はそれなりにいろいろと反撃の手立てを考えていたのであろう。その意味で、中国は現在政権の交代時期であるから、強い態度には出られないとの見方が、保守派の言論にも見られたが、それは、いかに的外れな観測であったか、今にして良く分かるではないか。彼らは中国人の底なしの狡猾さを、全く理解していないのである。(つづく)
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