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2012-08-31 01:43

(連載)反中、反韓世論の高まりについて思う(2)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 もちろん、その背景に過去の植民地支配、充分であったか疑問の余地のある戦後賠償、南京大虐殺や従軍慰安婦をめぐる政府間の歴史認識の問題(南京で殺された人数の信憑性や、慰安婦の徴収に軍自体が関わったか否かは、問題の本質でないと思います)など、日本側に原因と責任の一端があることを考えれば、強く出ることに躊躇があることも確かです。そして、その状況で、いわば「言われっぱなし」と捉える感覚が、日本側にとってストレスを増幅させることにつながります。ただでさえ、中高生にまで、将来への不安感が充満している状況下、こうしたストレスがリミットを超え、社会全体で反中国、反韓国の感情に行き着くことは容易です。ただし、反中国、反韓国の主張を掲げることは容易ですが、それが生産的か否かといえば、全く非生産的と言わざるを得ません。それは、日中間の貿易・経済関係が緊密であることや、日本側に少なからず原因がある、というだけではありません。激昂して「正義」を強調することが、問題の解決にはならないからです。

 少なくとも一般社会では、どこの国であれ、素のままの不満や憤りをぶつけることが好まれないということは、多くの人が理解しています。ところがストレスが高くなってくると、高まった不満を吐き出すために、何らかの「正義」を掲げ、「不正義」とみなすものを強圧的、一方的に処断するという行動パターンが生まれます。電車の中などで、少し態度が悪い若者に、いかにも真面目な勤め人風の中高年が突然切れて怒鳴り散らす光景は、まさにこれです。切れ方にもよりますが、周囲からみた場合、中高年もまた、態度の悪い若者と同レベル、あるいはより「イタイ」存在に写り、その言っている内容に関わらず、賛同しにくくなることは、稀ではありません。

 この比喩の若者と中高年のいずれに日本と中国・韓国が該当するかは、各人の判断に委ねたいところです。ここで重要なことは、強圧的に「正義」を叫ぶことは、身内にはともかく、周囲からの賛同を得られにくい、ということです。「毅然とした態度で」というのは、どの党といわず、政治家が好きな言葉です。それがどんな内容であれ、基本的に「原則を守る」こと自体は賛成です。しかし、無闇に大騒ぎするだけが、「毅然とした態度」ではないはずです。日本の立場や原則の正当性を、国際的に強調したいなら、むしろ穏やかな口調で語った方が、説得力が増すはずです。その意味では、竹島の領有に関して、国際司法裁判所に付託する提案をしたことは評価してよいと思います。また、香港の活動家の尖閣諸島上陸を力ずくで阻止しなかったことも、冷静な対応だったといってよいでしょう。しかし、いかに支持率が低迷しているとはいえ、民主党政府の閣僚からも、対立の土俵に乗るかのような発言が相次ぐことは、それこそ国益に反するものと言わざるを得ません。

 現代の国際社会は、一種の「大人社会」です。100年前なら、「子ども社会」と同様、揉め事があったときに、力ずくで解決することができました。しかし、貿易や金融取引の増加により、経済的な相互依存関係が深まることは、仮に相手に一方的に損失を与えれば、それが翻って自分にも返ってくるため、間違っても武力で物事を解決できない関係になることを意味します。そのなかで、いかに自分の正当性を周囲や相手に認知させるかが、大人の身の処し方のはずです。それにより、さらにストレスがかかることは間違いありません。しかし、少なくとも予想される限りの将来において、我々はその時代環境で生きていかざるを得ないのです。目指すべきは「大人社会」での問題処理であり、相手が仮にそのルールに乗らなかったとしても、「大人」としての振る舞いを辞めることは、日本にとって決して得策ではないのです。(おわり)
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