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2012-05-08 00:02

(連載)国連シリア監視団の前途にある暗雲(2)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 シリア政府のこの姿勢は、対外的には中露のバックアップによって可能になっています。なかでも、シリアと伝統的に近い関係にあるロシアにとって、「アラブの春」の余波でアサド政権が崩壊するようなことになれば、中東での足場を失うだけでなく、民主化の波が自分たちの裏庭であるカフカス地域にまで波及するという危惧があります。国内にムスリムや反体制派を多く抱え、「人権尊重」や「民主化」を大義とした西側諸国の介入(その恣意性はここでは置きますが)に危機感を持つという点で、中国も同様です。これに加えて、シリアが核開発を進めるイランと良好な関係にあることも、西側諸国をして強硬な介入を逡巡させる要素となっています。

 その一方で、武力活動の停止やUNSMISの受け入れを表明しながらも、これらを実質的に守らないことは、シリア政府が国際的な自らの立場を考え、「面従腹背」が可能という一貫した考え方に沿って行われているとは限らず、むしろアサド政権の内部崩壊を示すものともいえます。もともと、2000年に34歳で父・ハーフェズの死去によってシリア大統領を継いだアサドは、父親と異なり、軍や治安機関に絶対的な支配力を持ってはいませんでした。

 政治犯の釈放やインターネット解禁など就任直後のアサドが推し進めた「ダマスカスの春」は、軍や治安機関のサボタージュにより頓挫しました。シリア政府の国連に対する態度と同様に、軍や治安機関もまたアサドに対して「面従腹背」の姿勢を貫いてきたのです。インフォーマルな人的ネットワークの上位に君臨し、既存の縁故主義によって私財を蓄えてきた軍の上層部にとっては、アサド大統領は神輿として必要であってもそれ以上の価値はなく、一方で民主化は自らの立場を失わせるもので、認められるものではありません。国際的に約束しながらも停戦が実現しない状況は、アサド政権内部の「面従腹背」がピークに達していることを示すものであり、ここからシリア政府の末期症状がうかがわれます。

 大統領の意思に関わらず、軍や治安部隊が武力活動の自粛に消極的であるとするならば、UNSMISによる停戦監視は、いきおい制約を受けます。仮にUNSMISの監視活動が一定の成果をあげたとしても、もはや停戦の遵守すらできないのであれば、その後の治安回復などは望めません。その意味で、昨年までのシリアに戻ることは想像できない状況にきているのであり、早晩UNSMISはその役割の大幅な変更を余儀なくされるとみられます。しかし、中露は国連安保理での交渉において、武力行使を含む介入に強硬に反対しており、UNSMISの機能強化を国連の枠組みで実施することは、かなり困難です。かといって、中露やイランとの関係に鑑みれば、1999年のコソボのように、あるいは昨年のリビアのように、西側諸国がNATOの枠組みで介入することも考えにくいといえるでしょう。いわば、進むことも戻ることもできない状況にUNSMIS要員は置かれているわけで、形式的な監視以上の役割を求めるのは非常に困難と言わざるを得ないのです。(おわり)
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