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2012-03-08 09:07

「階級意識」をむき出しにした米国の大統領選挙と税制改革問題

島 M. ゆうこ  エッセイスト
 11月の大統領選挙キャペーンは「階級闘争」の様相に転じている。オバマ大統領が昨年9月から提起している税制改革の中で、赤字財政減少措置として、「100万ドル以上の収入のある金持ちは、少なくとも30%の税金を支払うべきだ」との増税案を発表したため、共和党の下院予算委員長であるポール・ライアン氏が「階級闘争」だと反発したことが発端になっている。最近では、共和党候補者同士の対抗、又はオバマ大統領に対する批判、選挙演説においても頻繁に「階級闘争」のフレイズが目立つようになった。昨年初頭、米国の富豪ウォーレン・バフェット氏が「金持ちの税金を上げるべきだ」と主張したため、大統領はこれを支持し、今年2月にはバフェット氏に大統領自由勲章を授与している。そして、米国民の1%の富豪層とその他99%の一般国民との収入の格差を緩和するため、「バフェット・ルール」と呼ばれる税制案を広くアピールするようになった。これに対し、共和党議員は執拗に拒否しているため、オバマ大統領にとっては、この新たな税制改革法案が11月の選挙の重要な経済回復政策として浮上している。

 この税制改革案に対し「階級闘争」の構えで対抗する共和党議員らは、金持ちに対する付加税は「成功者を罰する」ようなものである、「金持ちに対する妬み」である、「仕事創造者に課税はできない」、「投資に悪影響がある」、「寄付の動機が低下する」、「米国経済が悪化する」などと、喧々囂々の反対論である。また、選挙キャンペーンにも見苦しい「階級闘争」発言が目立ってきている。元ペンシルベニア州の上院議員で、大統領選の候補の一人であるリック・サントラム氏は、2月27日にホワイトハウスで開催された全国の知事集会で大学教育の重要性を訴えた大統領に対し、「スナッブ(地位崇拝、インテリ気取)だ」と反発し、国民の反感を買っている。サントラム氏は、最近ニュート・ギングリッジ氏より総体的に高い支持率を確保し、フロント・ランナーのミット・ラムニー氏に対して感情的な個人攻撃のスピーチを行っている。ラムニー氏が「妻はキャデラックを数台乗り回している」と発言した際も、自分は「炭鉱夫の孫」だが、「ラムニー氏はエリート・ビジネスマンである」と述べたたことで、マスコミはさらにこのような「階級闘争」を扇動。3月6日、前大統領G.W.ブッシュ氏の母、バーバラ・ブッシュ夫人は、CNNのテレビ・インタビューで「私の人生で最悪の選挙キャンペーンだ」とコメントしている。一方、巨額な負債と赤字を減少させることで財政バランスの回復の必要を強調し、前ブッシュ政権の減税法の延長が国の財政破綻をまねくことを懸念するオバマ大統領は、「階級闘争ではない、数学の問題だ」と反論している。

 2月1日、上院議員によって紹介された「バフェット・ルール」法案は、「年間100万ドル以上の所得者に対して寄付金を差し引いた全収入源から最低30%を連邦政府に課税する」内容である。この法案が適用された場合の影響については様々な反響があり、具体的にその「インパクト」を数値で提示したのは「Citizens for Tax Justice(CTJ)」のシンクタンク組織である。CTJはブッシュ政権の税制を延長しない場合、又は延長した場合の状況で「バフェット・ルール」法案が連邦政府の2014年の歳入にどのような「インパクト」があるかを推定している。例えば、ブッシュ政権の減税法を延長せず、「バフェット・ルール」法案も適用しない場合、その歳入に全く変化は見られず、適用した場合、約250億ドルの歳入があるとしている。また、その法案を適用せず、現行法の資本利得税15%を30%に引き上げた場合、約700億ドルの歳入を予測している。次ぎに、ブッシュ政権の減税法を延長し、「バフェット・ルール」法案を適用しない場合、約3140億の赤字になり、法案を適用した場合、幾分減少して約2680億の赤字となり、現行法の資本利得税15%を30%に引き上げた場合、更に減少して約2190億の赤字になるとの推定を発表し、「バフェット・ルール」法案の有効性と前ブッシュ政権の減税法延長の「インパクト」を示唆している。法案が発表された同日の『ABC News』は、連邦政府の税制議会委員会も「この法案の制定により、年間推定額で400億から500億ドルの歳入が見込める」と発表し、ホワイトハウスも「10年間で1.5兆ドルの赤字を削減できる」としている。一方、米議会予算局(CBO)は、継続中の前ブッシュ政権の減税法を含む総体的な税法に変化がない場合、2012年の連邦予算赤字は1.1兆ドルと推定している。

 米国の課税システムは、金持ちに有利に働くと思える現状があることは否定できない。株の配当金および資本利益の税率はいずれも僅か15%で、1%の富豪層の収入源はほぼ株の配当金と資本利益による場合が多い。一方、庶民の所得税は、バフェット氏が「自分より秘書の課税率が高い」と公表したとおり、最高35%ではるかに高い税率となっている。事実、資金力豊富な有力候補者のミット・ラムニー氏も、今年1月18日の『ボストン・グローブ』紙に、「平均の納税者よりかなり低い15%以下の税金を払っている・・・なぜなら、ここ10年間の収入のほとんどは株の投資から得ているからだ」と語っている。同誌が発表したラムニー氏の公表によると、「2010年2月から2011年2月までの1年間で、講演料11,475 から 68,000ドルの範囲で375,000ドルの収入」を得ている。この収入の連邦政府課税率は33%のブラケット内である。1月24日の『ワシントン・ポスト』紙によると、ラムニー氏が公表した「2011年の収入は2090万ドルであり、この収入はほとんど配当または投資による資本利得である」らしい。このような具体的な公表結果を反映してか、今年1月30日にNational Journal— Congressional Connection Poll が実施した世論調査によると、米国民の65%が、この「バフェット・ルール」法案を支持している。米国歴史上、経済格差紛争や「階級闘争」は特に珍しいことではないが、税制改革問題を真剣に討議する誠意が希薄となり、階級意識を露骨にむき出した大統領選挙キャペーンにあきれているのは、バーバラ・ブッシュ夫人だけではない。
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