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2012-02-28 10:00

(連載)アダム・スミスが今の中国をみたら(1)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 最近、論文を一本書き上げて提出しました。タイトルは「ガーナにおける中国の進出-その受容と警戒-」。西アフリカのガーナに中国が進出する様相と、それに対するガーナ側の反応を検討したものです。2000年代のアフリカには中国の進出が目立ちます。欧米諸国と異なり、援助や融資に人権保護などの政治的条件をつけず、さらに道路や橋といった経済インフラを先進国より安く建設できることで、アフリカ諸国は概ね中国の進出を受け入れています。一方で、援助とセットになった輸出や投資は中国のオーバープレゼンスをもたらしており、それにともない欧米諸国だけでなくアフリカ内部からも中国に対する警戒が出てきています。2007年、ガーナでは海底油田が発見され、昨年末からは商業輸出も始まっています。日産12万バレルの産出能力があるガーナは、アフリカ第7位の産油国として歩み始めています。油田発見以来、ガーナへは欧米諸国とともに中国もアプローチを加速させており、現在ガーナは中国のアフリカにおける輸出額で7番目。一昨年にはガーナ北部の電化計画で3億ドルの援助を行っています。これらが油田操業へのアクセスを求める手段になっていることは明らかです。

 しかし、現在までのところ、中国企業がガーナの油田で操業しているという情報は確認できていません。ガーナ政府は、欧米企業やロシア企業とは油田開発の契約を結んでいても、中国企業には認めていないとみられます。これは、ガーナ国内の中国に対する警戒感を反映したものと考えられます。2011年3月、ガーナ国営石油公社(GNPC)は中国輸出入銀行と18億ドルの融資契約を結びました。将来の原油収入による返済を念頭に置いたこの融資契約は、原油収入の使途は政府によって決定されるというガーナ国内法に反するだけでなく、さらに油田の地図などに関する知的所有権をGNPCが放棄する内容も含まれていました。これが明らかとなるや、GNPCや中国だけでなく、監督責任のある政府や与党もまた、野党やメディアからの批判を受けることになったのです 。ガーナはアフリカでも民主化が進んでいることで知られます。国民の間にある中国への警戒感が強い以上、ガーナ政府は中国との相互依存関係を維持しながらも、油田開発という死活的利益に関しては距離をおこうとしているのです。

 アフリカだけでなく、中国が世界各地に進出する最大の動機付けが、自らの経済成長のための資源と市場の確保にあることは言うまでもありません。しかし、あまりにも露骨に自らの利益を追及する中国の姿勢は、アフリ内部からも徐々に批判の対象になっているといえるでしょう。これに対して、中国政府からは「経済取引で中国だけでなくアフリカも利益が得られる」、「中国のことを理解しないまま批判するのは一方的だ」といった声も聞かれます。さらに、「欧米諸国は中国が自分たちの『裏庭』に入ってきたから拒絶反応を示しているのだ」といった批判もあります。これらの主張には首肯できる部分もあるものの、一方でアフリカ内部から中国に対する批判的な意見が噴出していることもまた、事実です。そして、これは中国の現在の思考パターンによるところが大きいように思います。共産党一党支配体制という、政治的には社会主義でありながら、経済的に市場経済を採択した中国の大学に行くと、マルクスの像はあっても、アダム・スミスの像はありません。しかし、現在の中国は、マルクスだけでなく、アダム・スミスによっても支えられていると言えるでしょう。それは単に、自由主義的な経済システムを導入した、ということにとどまりません。

 近代の経済学を体系化したアダム・スミスは、規制をできるだけ廃し、個々人が自らの創意工夫で行動できるようにすれば、需要があるところに供給が発生すると主張しました。つまり、個々人の利己心を発揮できる状態にすれば、それは結果的に全体にとっての利益が生まれる。言い換えれば、個人の利己心が公共益に転化する、ということです。これに従えば、利己心を否定しても仕方がなく、自由な経済活動を容認することは、道徳的な価値すらもつ、ということになります。いわばスミスは、それまで宗教や慣習などによって、人間社会で長く抑えこまれていた「欲求」の解放を理論的に正当化したといえるでしょう。中国政府がどこまでこれを意識しているかは知りませんが、その政策は基本的に、アダム・スミスの考え方のこの部分に乗っ取ったものです。相手が誰であれ、自由に経済取引を行うことを規制するべきではない。むしろ、自国が儲けることは、相手にも経済機会を提供するものであり、よいことである。だから、自国の利益を追求して、何が悪い。極端に言えば、こういうことでしょう。中国政府に限らず、市場経済の有意性を強調する立場からは、往々にしてこのような議論が聞かれます。(つづく)
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