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2012-02-15 00:26

(連載)4島での共同経済活動に反対する(2)

丹波  實  元政務担当外務審議官、元駐ロシア連邦大使
 この問題は新しい事ではない。未だソ連時代の時のエリツイン・ロシア共和国大統領が1990年1月に北方領土問題解決の「5段階解決論」を打ち上げた時、第5段階のところで「4島の共同管理、共同統治」的なものが入っていた。まだソ連時代の1991年4月、ゴルバチョフ大統領の訪日の折にソ連側が共同声明の中で提起していた。またクラスノヤルスクの橋本・エリツイン会談の時ロシア側が提案してきた発表文の中に、「エリツインの五段階論に基づき云々」との表現があり、私がネムツオフ第1副首相と交渉した時、この字句を削除させた経緯がある。その後若干の変節を経て、98年11月の小渕恵三総理の訪ロの際に「国境画定委員会」と共に、「経済共同活動委員会」が作られた。私はこの委員会の日本側委員長を務めた。ロシア側のカウンターパートだったカラーシン次官と、まず主として何を共同経済活動の対象にするか(当時は4島周辺水域での漁業活動の取り決めの枠内でのウニ、ホタテ漁が考えられていたが、あまり利益も見込めず、また、法的な問題もあった)につき意見の応酬をしたが、結局休眠状態で今日に至っているのが現実である。

 私はこの問題で誰よりも深くかかわって来た者として発言している。最近のロシアの動きも、この古証文にアイロンをかけて出しなおして来た変化球そのものだ。APEC首脳会議の際に行われた2011年11月の日露首脳会談では、モスクワと東京のロシア人筋によれば、日露間の種々の経済協力を語った際に「4島の共同経済活動も含めて」と列記の中に含めて語ったそうであるが、この直前のハバロフスクでの地元記者団との会見の時には「北方領土における日本との共同経済活動の基礎条件作りを今すぐにも行う用意がある」と語っており、ロシア側は今後ともあらゆる機会、あらゆるレベルでの会談で「ロシアの法律によって行う」との前提を変えず、この問題を取り上げてくることが予想される。日本はこの提案に絶対に乗ってはいけない。最近は、日本人の中で「4島での共同経済活動のみでなく、4島での共同統治でもよい」との議論をしている人もいるが、とんでもないことだ。上記のラブロフ外相の訪日についていろいろな社説、論説も読んでみたが、「この4島での共同経済活動を足がかかりにして前に進める」との考え方もあり、驚いた。こんな活動に同意すれば、足がかりになるどころか、自分の足もとに大きな穴を掘って、その中に自分が埋没し行くことになる。先般の外相会談では、この問題は「ロシアの新政権が成立してから改めて協議する」こととなったようであるが、おそらくプーチン政権になるであろうが、ロシア側の考え方は何も変わらないであろう。

 ロシアの新政権との関連で一言言っておけば、日本の中には、プーチンが大統領に復帰すれば、ロシアが北方領土問題につき柔軟になり、2島返還もあり、場合によっては4島もあるなどと言っている人達もいるが、全く理解できない。昨年11月24日に、タス通信の太平洋アジア総局長兼東京支局長であるゴロヴニン氏の都内某所での講演を聞く機会があったが、まだ12月以降のロシアでの下院選挙などを巡る大騒ぎの起きる前のこの時期に、同氏は講演の中で「プーチンが大統領に復帰することとなった場合でも、ロシアの中ではもうプーチンは今までのカリスマとか権威を失いつつある」と言い、今から見れば大変な預言であったと思うが、その話を聞いた出席者の一人が「最近日本の中では、プーチンが復帰すれば領土問題についてロシアが柔軟になると言いふらしている人物もいるが、どう見ますか」との質問を提起したのに対し、ゴロヴニン氏は「プーチンの政治基盤はもうそんなに強くない、そんなことを言う人達を信用してはいけない」と答え、私は「この人物は、日本に20年以上もいても、ロシアのことはさすがに良く見ている」と感心したものだ。

 私は何時も、日露関係で講演をするときには、最後に、19世紀半ばのイギリスの老政治家パーマストンの「この世の中には永遠の友好国も、永遠の敵国もない、永遠なのは我が国の国益である」という言葉を引用する。彼が言おうとしたことは「国際情勢は変わる」ということだ。ロシアを取り巻く国際情勢も変わる。中露関係を一つの例としても、もうピークは過ぎたという学者もいる。今後5年、10年、この関係がどうなるか。かつて橋本総理が、ロシアをAPECに加盟させたり、ロシアをアジアに招待しようとしていたことの意味を、何時ロシアは本当に気が付くのか見よう。2島返還論、面積折半論、3.5島論、2プラスα論、それに加えて、今は、共同経済活動論、共同統治論、こういうことを言う人達は「国家にとって一番重要なこと、国の存立にあたって一番重要なことは、その国の領土、領海、領空の問題だ」ということがわかっていない人達だと思う。それが国家として絶対に動かしてはならない座標軸である。外交には動いていい時と変に動かない方が良い時期がある。今は我慢と忍耐の時だ。(おわり)
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