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2011-11-30 09:51

(連載)イスラーム世界における自由と民主主義の可能性(2)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 そこでヘーゲルのたどり着いた境地は、「特殊」のなかに「普遍」の要素を見出すこと、つまりドイツの歴史的特殊性のなかに、「人権宣言」に象徴される普遍的価値観に適う要素を見出すことでした。抽象的な理念を観念的に受容するのでなく、皇帝支配やキリスト教といったドイツの文化や歴史のなかに、それに相通じる要素を見出すことで、普遍的な理念を自らのものとできる。これなら、「普遍」への一方的従属でも、特殊への憧憬といった、合理性を欠いた「恣意」でもない。こうしてたどりついた段階を指してヘーゲルは、「特殊」があって初めて成立できる「普遍」より高い次元にある、「真の普遍」と呼んだのです。当時のドイツが置かれていた環境からヘーゲルの弁証法を読み解けば、そこにはフランス革命が生んだ普遍的理念と、ドイツの歴史的特殊性を接合することに苦闘した姿が浮かんできます。

 第二次世界大戦後、カール・ポパーの著書『開かれた社会とその敵』に代表されるように、特に英米圏でヘーゲルは「全体主義体制を生んだ人間の一人」と位置づけられました。確かに、最終的には個人と国家の有機的結合や官僚支配を正当化する議論に行き着いた点から、ヘーゲルに全体主義的傾向があったことは否定できないでしょう。しかし、他方で「文明国」フランスの影響を受け入れつつ、近代化に立ち遅れたドイツをいかに守るかに苦慮したその問題意識は、いわば近代文明の最先端地で「普遍」の中心地である「ライン河以西」では王道でなくとも、むしろ世界のほとんどの国では、多かれ少なかれ共通するものといえます。戦後の日本も、例外ではありません。

 現代の中東・北アフリカに目を転じれば、多くのひとにとってイスラームは今も社会の規範であり、その善し悪しはともかく、「宗教は個人の精神の領域にとどめるべき」という世俗主義は浸透しきっていません。まして、先述のように、これまで多くの人の生活をイスラーム主義組織が支えてきたことを顧慮すれば、チュニジアやモロッコの選挙結果は驚くものではありません。のみならず、イスラーム主義政党の躍進は、選挙や議会といった近代西欧文明の所産が、イスラームという固有の文化と結合する可能性を示しています。

 「アラブの春」の後、イスラーム主義政党が各国で林立する様相は、欧米諸国からはやや警戒をもってみられています。しかし、およそ200年前にヘーゲルの、「普遍」は「特殊」との結合によって初めて「真の普遍」にたどりつけるという指摘を考えるのに、今日の中東・北アフリカほど意義深いケースは稀かもしれません。「本家」として非欧米地域に民主化や人権擁護を求めてきた欧米諸国には、その観点からも、中東・北アフリカの今後をよく注視してほしいと思います。(おわり)
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