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2011-11-14 00:15

(連載)軽率な中東撤退は、アメリカの利益にならない(1)

河村 洋  NGOニュー・グローバル・アメリカ代表
 バラク・オバマ大統領が10月21日にイラクからの米軍撤退を表明したことに呼応するかのように、ヒラリー・クリントン国務長官は「アジアでのアメリカの政治的および軍事的プレゼンス を高めるべきだ」と主張する論文を投稿した。しかし、これによってアメリカの中東への関与が弱められるようなら、イランが力の真空を埋めようとしかねない。中東への関与の低下は、必ずしもアジアへの関与の強化にはならない。

 まずクリントン長官が『フォーリン・ポリシー』誌11月号に寄稿した論文に言及したい。長官は「アメリカがこの10年にわたってイラクとアフガニスタンにあまりにも多くの精力を傾けすぎたので、世界の中でのアメリカのリーダーシップを維持するためにも、今やスマートで組織的な時間とエネルギーの利用を考えるべき時だ」と述べている。クリントン氏は「アメリカはアジア太平洋地域にもっと注視する必要があり、それはこの地域が国際政治で重要な位置付けを占めるようになったからだ」と主張する。アジア諸国は高い経済成長の中にあり、その地域には中国、インド、インドネシアといった新興大国も入っている。イラクとアフガニスタンでの長きにわたる戦争に自国の経済事情も合さって孤立主義が強まる国内世論に対し、クリントン氏は「アメリカには経済成長著しいアジアという新たな市場が必要だ」と反論する。クリントン氏は、アジア太平洋諸国でも特に日本、そして韓国、オーストラリアなどとの同盟関係を再構築し、安全保障面での中国の挑戦に対処することを望んでいる。他方で、中国での経済活動の機会拡大を目指しながら、中国の軍拡に対してはアメリカの優位を維持しようとしている。しかし、この論文では安全保障よりもアジアでの市場参入の機会の方が多く語られ、「イラクとアフガニスタンに投じた人員と資材をアジアに移転すべきだ」と論じている。よって、オバマ政権のアジア重視政策は、中東の安全保障を犠牲にして、世界の警察官としてのアメリカの役割を低下させるのではないか、という深刻な懸念が生まれるのである。

 現在、中東でのアメリカの役割に関しては、イラクからの撤退が最大の問題である。イランの抵抗勢力『緑の党』のカイバン・カボリ党首は「イラクからの米軍撤退というオバマ氏の決定は、大統領選挙を気にした性急なもので、それによってイランのシーア派神権体制の拡張主義を勢いづけてしまう」と批判している。アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン重大脅威プロジェクト部長、軍事問題研究所(ISW)のキンバリー・ケーガン所長、そして同じくISWのマリサ・コクレーン・サリバン副部長は、11月7日付けの『ウィークリー・スタンダード』誌に「オバマ大統領による米軍撤退の決断は、あらゆる災難の元になる」と主張する論文を投稿した。ベトナムとは違い、イラクはイランとアル・カイダという安全保障上の二大脅威と関連している。3人とも「アメリカの撤退によってイラクで宗派間の抗争が激化し、スンニ派アラブ人がアル・カイダに支援を求めるようになる。それに対抗してシーア派がイランの支援を模索するようになる。さらに重要なことに、イランはイラクとの間の長い国境線を通じて自らの影響力を浸透させ、非合法な物資を輸入できる。よってイランの核開発計画に制裁を科すためにも、両国の国境貿易の管理が重要になる」と論じている。また、3人の投稿者達は「現在のイラクの内政は、民族宗派間のバランスに大変大きく依存しているので、政情安定の保証のためにも、アメリカのプレゼンスは必要である」と述べている。オバマ政権がイラクからの撤退を宣言した際に、イラン統合参謀本部長のハッサン・フィロウザバディ陸軍大将は「アメリカ兵にはイラクを去る以外に選択の余地はないので、これが中東地域からの米軍撤退の幕開けとなる」とさえ言い放った。3人とも「任務を完了せずに米軍がイラクから撤退してしまえば、テロとの戦いでアメリカが成し遂げた成果が無に帰してしまう」と主張する。

 そうした批判に鑑みて、クリントン国務長官はイランに「中東でのアメリカの意図を誤解しないように」と警告した。クリントン氏は「イラクでの米軍の強固なプレゼンスは維持され、イラクの軍と治安部隊に支援と訓練を提供してゆく」と強調した。オバマ政権はさらに「イラク撤退後に湾岸地域での軍事的プレゼンスを強化する」と表明した。イラクの戦闘部隊はクウェートに移転し、イランの脅威の増大に鑑みて、湾岸協力機構との関係も強化される。この地域での多国間安全保障パートナーシップはさらに発展している。イラク軍は、来年にヨルダンで行なわれる『情熱のライオン12』という対ゲリラおよび対テロリスト軍事演習に初めて招待された。また湾岸協力機構加盟国の内でカタールとアラブ首長国連邦がNATO主導のリビアでの任務に作戦用航空機を派遣し、バーレーンとUAEがアフガニスタンに派兵している。そうした中でバーレーンのシェイク・カリード外相は「イラクからの米軍撤退によって力の真空が生じ、それによってイランの拡張主義的な野心が刺激されるのではないか」という湾岸諸国の懸念を代弁した。米上院軍事委員会では12人の上院議員が「米軍のイラク撤退は、イランに自分達の戦略的勝利だと解釈されかねない」という懸念を表明した。(つづく)
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