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2011-10-09 12:03

(連載)懸念される被災地の人口流出と福祉依存化(2)

鈴木 亘  学習院大学教授
 そして、もっとも懸念すべきは、現役労働層の人口流出である。2005年にハリケーン・カトリーナによる浸水被害に襲われたアメリカ・ニューオリーンズ市は、観光業等の産業復興が比較的スムーズに進んだケースであったが、それでも被害前の人口の7割にしか回復していない。これは、ひとたび流出した人口は、他地域で、就労、教育、住宅等の生活基盤を新たに築いて、固定費用をかけてしまう為、簡単に元には戻れなくなるという「履歴効果(ヒステリシス)」が働くからである。今後、東北地区の現役労働層が福祉依存化したり、人口流出が進めば、その復興は絶望的なものとなるだろう。その意味で、被災地域で今、最も必要なことは、早急な雇用創出を行うことである。また、若い労働者をこの地域に定着させるためには、その雇用創出分野は、将来展望の開ける成長産業である必要がある。

 その意味で、農業や漁業がその候補ではないことは明らかである。堤防の再構築や港湾整備、塩害対策など、インフラの復旧・整備などに、かなりの長期間と膨大な資金を要してしまう。既存の農協、漁協の既得権を温存したままの現状復旧では、新規参入が進まず、回復に時間がかかりすぎる。また、復興需要で今後潤うことが見込まれる建設業界も候補ではない。なぜならば、復興需要は一時的なものであり、長期的には、震災前と同様、公共事業は減少してゆくからである。観光業も、風評被害や観光インフラが壊滅したことを考えると、その復興には長い時間がかかることが予想される。

 そこで、急速な雇用創出が可能で、将来展望のある産業の候補としては、サプライチェーンを支えていた輸出競争力のある製造業や、今後需要増が望める医療・介護・高齢者生活支援等のサービス業が考えられる。限られた復興財源をこうした分野へ思い切って投入する(法人税減税、誘致促進策など)よりほか、活路は見出せないのではないかと思われる。

 また、失業給付や雇用調整助成金といった単なる止血措置に、いつまでも多額の復興財源が流出することをなるべく早期に止め、雇用保険の教育訓練や職業訓練、求職者支援制度などの「積極的雇用政策」を活用して、将来展望のある産業への人材転換を進めるべきである。止血措置の長期化は依存性を高め、結局「死に金」になるだけであるし、不良債権問題と同様、先送りは最終的にその被害額を増やしてしまう。こうした決断力のある方針転換が野田政権にできるかどうか。あるいは、決断先送りの現状放置が何をもたらすのかを理解しているかどうかすら、はなはだ心もとないが、しかし決断すべきタイミングは刻一刻と迫っているように、私には思われる。(おわり)
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