国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「議論百出」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2011-06-03 07:30

菅の“まやかし”で、政局は遺恨の“梅雨の陣”へ

杉浦 正章  政治評論家
 「鞭聲肅肅(べんせいしゅくしゅく)夜河を過(わた)る」で始まる頼山陽の漢詩「川中島」を引用して、自民党総裁・谷垣禎一は「流星光底長蛇を逸す」と無念を隠さなかった。かねてから狙いを付けていた宿敵を瞬時の内に失うことを意味する。確かに内閣不信任案の可決は瞬時にして去った。それもお坊ちゃま鳩山由紀夫が、海千山千の首相・菅直人によって、明らかに戦後政治史上希な“まやかし”にあった結果である。鳩山は激怒しているが、後の祭りだ。しかし、第3者が見ても、明らかに首相・菅直人は早期退陣示唆で“フィッシング詐欺”的に不信任案否決を獲得したのであり、だまされた方の憤まんは怨念となって残った。菅の早期退陣に向けて、民主党内も、野党も、“捲土重来”の巻き返しが生ずるだろう。

 首相たるものの第1条件は、虚言を吐かないことだろう。人間の生きてゆく上での基礎でもある。しかし、菅はすぐにも辞めるように装って、不信任案可決を回避した後、来年1月以降に退陣を先延ばしした。この時点で来年のことを言えば、鬼が笑う。事実上「退陣しない」というに等しいが、経緯の説明は明らかに鳩山が正しい。朝の会談で鳩山は(1)民主党を壊さない(2)自民党政権に逆戻りさせない(3)復興基本法の成立と2次補正の早期編成にめどをつける、との3点を文書で確認、その上で口頭で「退陣」を菅に約束させた。そして菅が代議士会で「大震災への対応に取り組む。このことに一定のめどがついた段階、私がやるべき一定の役割が果たせた段階で、若い世代の皆さんにいろいろな責任を引き継いでいただきたい」と辞任に言及したのだ。おそらくその場で駄目押ししないとまずいと思ったか鳩山は、異例の発言を求めて、退陣の時期について「2次補正編成のめどが付いた段階で身をお捨て願うとお願いした」とクギを刺した。「2次補正のめど」を鳩山は2度繰り返した。トリッキーで肝心な点は、菅がこれに反論しなかったことだ。

 緊張していた代議士会には、ほっとした空気が流れ、造反を決意していた議員らも不信任案反対に回った。このままいけば、自民党に政権を渡しかねないし、菅が解散に打って出れば議席を失いかねないという危機感が、いかに強かったかを物語るものだろう。直後に鳩山は「復興基本法は来週に成立するし、2次補正のめどもつくから、夏前には辞任する」と記者団に語ったが、“甘ちゃん”であったことがすぐに露呈した。“まやかし”がすぐに分かったのだ。幹事長・岡田克也が「菅さんと鳩山さんとの合意文書は、そのことが大事だと書いてあるだけで、それが終わったら辞めるという条件ではない」と述べたのだ。追い打ちをかけて菅が「福島第1原発が冷温停止状態になるのが一定のめどだ」と述べ、東電の工程表が冷温停止の時期としている1月までは続投する意向を示した。何のことはない、鳩山は詰めの甘さもあって、完全に引っかかったのだ。菅にとっては一世一代の大嘘が図に当たったことになる。しかも不謹慎にも、原発事故を最大限“活用”した居座りに他ならないのだ。新聞の見出しは「退陣」の文字が躍るが、菅は「退陣しない」と言っているに等しい。

 鳩山は「話しが全然違う。人の好意を裏切るのか。両院議員総会を開いて、党の規約を改正してでも退陣して貰う」と息巻いたが、こと既に遅し。菅の晴れやかな顔がテレビ画面を“占有”し続けた。おそらく小沢は鳩山の甘さに、それ見たことかと無念きわまりないに違いない。小沢は激怒しているという。しかし、このうそで塗り固めた菅・岡田ラインの作戦は当面を糊塗したに過ぎない。「遺恨なり十年一剣を磨く」の「遺恨試合」がこれから始まる。菅を「国難」としてきた野党にしてみれば、曲がりなりにも辞任を表明した首相が、レームダック化して震災対策に取り組むことほどまずいことはない。ただでさえ「反菅」の官僚は「ポスト菅」を見て動かないだろう。辞める首相にリーダーシップは発揮できない。政界でも、民間会社でも、トップリーダーがいったん「辞める」といえば人は寄りつかない。諸外国も日本の首相の発言に信頼感を持てないから、付き合いもほどほどにということになる。菅発の「国難」はこれから本格化すると見てよい。

 「菅降ろし」の第二ラウンドは、攻め手にも事欠かない。まず野党は政権の死命を制する二つの問題に焦点を絞るだろう。一つは、予算執行を不可能にしている赤字国債発行に必要な特例公債法案だ。まだ衆院も通過していない。ましてや参院は菅が首相ではやすやすと通すことはない。他の一つは、参院での首相問責決議案の可決だ。この二つのテーマで政権を追い詰めることは可能と見る。菅は、子ども手当などの「ばらまき4K」で野党に譲歩しようとしているが、党内的にはこれが引っかかる。小沢らは、マニフェスト至上主義であり、4K譲歩をとっかかりに突き上げが続くだろう。また本会議欠席の小沢らの処分問題も導火線になり得る。だまされたと知った造反グループは、その「怨念」のエネルギーを維持しつつ突き上げる。「政局梅雨の陣」が雷鳴を伴う「荒梅雨」のごとく展開されることになろう。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『議論百出』から他のe-論壇『百花斉放』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
グローバル・フォーラム