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2011-05-23 07:25

歴史に残る官邸「3・12の暗愚」

杉浦 正章  政治評論家
 端的に言えば、原子力事故発生途上にあった初期段階での官邸の対応は、“知らぬ同士のチャンチキおけさ”であった。とりわけ「3・11大震災」直後の3月12日の首相官邸は、その無能ぶりの露呈で歴史に残るものになると言えるのではないか。その中心に座った立役者が首相・菅直人と原子力安全委員会委員長・班目春樹であった。国会では5月23日の衆院東日本大震災復興特別委員会における自民党総裁・谷垣禎一の追及を皮切りに、「3・12の暗愚」ぶりが露呈され、サミット後の不信任案上程に向けて政局は加速するだろう。日本の危機管理にとって「3・12」は魔の一日だった。まず官邸に腰を据えて陣頭指揮すべき菅が、格納容器の内圧を低下させて破損を防ぐベントを準備中の福島第一原発に早朝ヘリで乗り込んで、ベントを遅らせた。これが水素爆発に至らしめる要素の一つになったのではないか。そのヘリに同席したのが班目だった。班目は機中で菅に「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」と述べて、菅を安心させたのだ。この段階で水素爆発の可能性を指摘できないことが、まず委員長としての資質の欠如を物語る。

 その直後の午後3時36分に水素爆発で建屋が吹き飛んでいる。さらに重要な事態が夜になって発生した。菅が班目に「1号機に海水を注入した場合、再臨界の危険はないか」と質問した。班目が愚かにも「塩水の注入は、再臨界の危険がある」と返答したのだ。朝の班目発言の間違いをとっくに忘れてれて、菅は信用し、原子力安全・保安院に対し「再臨界を防ぐ方法を検討せよ」と指示した。おそらく菅と班目の主導で官邸内部では、午後7時4分に東電が塩水の試験注入を開始したことに対する懸念が横溢(おういつ)していたのであろう。その雰囲気を受けて、官邸にいた東電フェロー・武黒一郎が東電に連絡、東電は始めたばかりの注水を中止した。東電は5月21日の記者会見で、「首相官邸の意向をくみ」一時中断していたことを明らかにした。これにより再開まで55分の“真空”ができてしまったのだ。これはメルトダウンにとって重要な判断ミスではないだろうか。要するに班目は、地震発生とともに制御棒が自動挿入され、臨界にはなり得ないという“常識”の把握ができていなかったのだ。菅は菅で後の「東日本が潰れる」との発言から見ても、当初からチェルノブイリの爆発と同等視するという、これまた決定的な認識上の過ちを犯していたとしか思えない。だから菅は班目の発言に敏感すぎる対応をしたのだ。

 当初のパニック状態が一応の冷静さを取り戻した現在、原子炉の海水冷却中断が、どのような経緯でなされ、事態の悪化にどう影響したかは、今後の検証や国会論議における最大の焦点になるとみられる。班目はいまになって「淡水を海水に替えたからといって臨界を心配するようなことはあり得ない」と、自らの発言を否定しているが、政府・東電統合対策室の「3月12日の福島第一原発1号機への海水注入に関する事実関係」という発表文書の中に、午後8時20分頃に「原子力委員長から『再臨界の危険性がある』との意見が出されたのでホウ酸投入などそれを防ぐ方法を含め検討」とあるのが、動かぬ証拠ではないか。政府は5月22日になって班目と調整し、発表文の記述を「総理から再臨界の可能性について問われた原子力安全委員長が可能性はゼロではないとの趣旨の回答をした」と訂正した。ここは、「危険性がある」とか、「ゼロではない」とか、という言葉尻の問題ではない。首相補佐官・細野豪も5月22日のテレビ番組で「総理が再臨界を心配していたのは事実。班目さんからの意見でそうなった、と私は記憶している」と述べている。問題は、「言った」「言わない」の“内紛”よりも、塩水注入中止の雰囲気が歴然として存在したことにある。だから、武黒が東電に連絡したのだ。火のないところに煙は立たない。班目は潔く連続的な誤判断を認め、辞表を提出するのが筋だと思う。

 要するに、「3.12」は冒頭指摘した通り、信じられないような“専門家”と信じられないような首相が、タッグを組んで、初期段階の重要ポイントを間違った、としか言いようがないのだ。朝日は5月23日の天声人語で「原子力安全委員会」を「暗然委員会」と名付けたが、ここは「唖然委員会」の方が適切だ。菅の危うさは、復興構想会議の人選にあたっても、官僚、財界人を排除し、議長・五百旗頭真をして冒頭から「復興税」を唱えさせたあげく、会議の提言を待たずに復興基本法案を上程するなど、場当たり的な対応を見ても明白だ。6月8日で政権担当1年目となるが、1年で辞任に追い込まれた安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と比べても、266日で辞めた鳩山由紀夫と比べても、自ら思うように決して優秀ではないし、首相としての資質もない。これを肝に銘じて、サミットを花道と心得、退陣すべきだ。「菅降ろし」を「失速」させようと論陣を張ってきた朝日新聞の解説委員・星浩ですら「菅首相が課題を解決するには、通常国会を大幅延長して“通年国会”とするぐらいの意気込みが欠かせない。全力疾走する気概を示すべきだ。山積する懸案や野党の攻勢にひるむ首相なら、続投など無理な話だ」と“軌道修正”し始めた。「失速」は「失速」しつつある。
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