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2011-03-10 19:59

(連載)何故米国では気候変動対策が進まないのか?(1)

西村 六善  元地球環境問題担当大使
 2003年、ポール・クルーグマンは「アメリカでは急進的な右派の台頭という革命が生まれていて、長年構築された政治と社会の原則を破壊しようとしている」と述べている。そして「何故米国の政治社会システムは、このような急進的な挑戦を受けるのか?90年代、富裕層の生活水準は上昇した。何故収入の僅かな再配分にこれ程敵意をむき出しにするのか?何故資産からの収入を全て無税にしようとしているのか?企業も成長した。何故僅かな環境規制ですら廃止しようとするのか?何故国家と宗教の分離原則を攻撃するのか?世界最強であるのに、何故同盟国を軽視して、軍事的冒険に走るのか?」と問うている。今日、軍事的冒険に走るネオコンは退場したようだが、2010年11月の中間選挙での共和党の勝利や茶会の進出を契機に、急進的右派の政府支出への大規模な攻撃、政府の規制や機能自体への徹底した否定が始まった。

 政府は、予算措置が無いため、機能停止で立ち往生する危険が迫っている。米国と云う国を根本から改変しようと云う、謂わば「文革」が米国には存在している。これが2003年以来のクルーグマンの警告だ。2011年の現在も、毎週同じ警告を『ニューヨーク・タイムス』紙の論壇で行っている。尤も、米国保守は全く逆の見方をしている。オバマ大統領の方が「大きな政府」を指向して米国を改造しようとしていると論じ、宣伝している。この議論によれば、米国を改変しようとしているのは、リベラル派だということになる。経済不況を克服するためのオバマ政権の財政出動も、「大きな政府」を目指す左派イデオロギーの野心の証拠だということになる。クルーグマンによれば、この財政出動は「大きな政府」を志向するものとは到底いえない規模なのだが。

 これは単純化すると、リベラリズムとリバタリアニズムの対立だ。新しい話でない。米国に根強くある例の議論である。リベラリズムは自由の前提として社会的公正を掲げる。貧困者や弱者を放置すると、彼らは実質的には奴隷状態に陥り、結果的に自由を喪失する。だから政府による富の再分配や法的規制などが必要だ。政府の介入を肯定し、それにより実質的な自由を確保しようとする。一方、リバタリアニズムは経済的自由を徹底して追求する。市場原理主義を主張し、自由と財産権を損なう規制や富の再分配、課税を否定する。貧困は自己責任だ。「結果の平等」を保証しない。個人の自由と富の蓄積を阻害する全ての政府の行動に反対する。リベラル側は、リバタリアニズムは貧富格差を拡大し、階層を固定化し、社会を不安定化させて、不公平を招くと批判する。財界・大企業の専制に向かい、市民の自由を損なうと批判する。

 環境規制は、この急進右派リバタリアニズムの象徴的な攻撃材料になった。何故か?それは、気候変動に名を借りて、政府が個人と企業の自由、利益追求の自由を束縛しようとしている、という議論である。温暖化防止に名を借りて、政府が規制を強化し、財政支出を拡大し、借入を増大し、国の将来を危うくする、と批判する。そもそも温暖化の科学は、政府が研究者に資金を出して煽った結果であり、信用できない。温暖化は、人為ではなく、宇宙的な摂理に起因する、と主張する。米国の一部では、こういう議論が近年強くなって来た。こういう基本的な思想のもとで、2010年11月の中間選挙で勝利を収めた共和党の大多数の議員は、気候変動の科学に対する強固な否定論者ないし懐疑論者である。

 例えば、下院エネルギー・商業委員会のフェド・アプトン委員長は、その中でも最も強硬な否定論者である。同委員長は、1999年当時は「気候変動は深刻な問題であり、解決を必要とする」と全く違った見解の持ち主であったが、2011年1月には、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に米国環境保護庁の温室効果ガス排出規制に反対する Op-Ed 論文を掲載している。この時、メディアから従来の立場との違いを質問されると、同委員長は、従来の公式ウエッブサイトの記述を論文に合致するよう変更した。米国ピュー・センターのアイリーン・クラウセン所長は、「世界の主要国の保守党で、これ程全党的に温暖化の科学を疑ってかかっている国を見たことがない」と述べている。(つづく)
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