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2011-02-03 14:15

アラブ諸国での政変で留意すべき視座

武嶋 護  中東情勢観察家
 筆者を含め圧倒的多数の観察者にとって、予想外だったアラブ穏健派諸国での政変や政権動揺が、世界を騒がしている。一連の事態では、インターネットや携帯端末などを通じた情報や扇動の伝達が、状況推移の決定打であるかのように言われているが、これらの伝達手段は衛星放送や口コミ等の伝達経路と並立する存在なので、状況の決定打とは限らない。また、若年層の失業や貧富の格差のような問題も、ずいぶん前から深刻化が予想されていただけに、それだけでは今般の事態を十分に説明することはできないように思われる。

 なぜ現在のような事態に至ったか理解し、今後の情勢の予測に役立てるには、アラブ穏健派諸国で腐敗した政権による抑圧政策や分配の不公正が長年「許されていた」理由を究明することが必要ではないだろうか。そもそも、エジプト、チュニジア、サウジアラビア、ヨルダンのような諸国は、報道で「穏健派」扱いされることが多いが、国内では実に苛烈な言論・思想統制を行ってきた。これらの諸国が「穏やか」だったのは、米国やイスラエルに対する場合だけであり、「穏健」とは「親米・親イスラエル」の言い換えだったにすぎない。そして、国内での抑圧や不公正は、各国が外交的に「穏健」であるための「必要悪」として見過ごされてきた。

 それだけでなく、中東における「親米」諸国は、国内の反イスラエル動向を、直接行動だけでなく思想・言論面でも禁圧する義務をも負ってきた。エジプト、ヨルダンとイスラエルとの平和条約には、イスラエルの脅威となるような威嚇・行動だけでなく、扇動や挑発をする者も裁くよう義務付けられており、これを実現するためには、エジプト・ヨルダンでは常時言論に対する検閲と思想・政治信条の監視が必要となる。イスラエルと国交のない国々も、「親米」諸国である以上は、暗示的にはエジプトやヨルダンと同種の義務を負っていると考えてよい。何故なら、イスラエルの保護は、米国にとって石油の安定供給、反米勢力の排除、競合勢力(例えば冷戦期のソ連)の排除と並ぶ中東政策の核心であり、これと矛盾する「親米」はありえないからである。検閲や思想・政治信条の統制のような苦労をした「親米」諸国には、米国からの軍事・経済援助だけでなく、先進諸国からの経済援助や投資が与えられた。「親米」諸国にとっては、検閲をしたり、思想・政治信条を統制したりすることは、「国際社会」から公認されていたも同然で、海外からの資金提供はそうした苦労への報酬であるかのように、為政者の私物と化してきたのである。

 従って、中東諸国での政変がこれら諸国の「民主化」や「自由化」につながるものであれば、良くも悪くも各国の対米・対イスラエル政策に重大な影響が出るのは必至である。このため、チュニジアやエジプトの場合で注視すべき点は、為政者とその翼賛政党の去就や、次期政権の姿ではなく、対米・対イスラエル政策がどのような影響を受けるかである。既に、イスラエル政府首脳からはエジプトの体制動揺がイスラエル・エジプト間の平和条約に影響を与えることを危惧する発言が出ている。米国にしても、「親米」諸国総崩れを避け、事態の軟着陸を図っているところだろう。今後は、「地域の安定」や「平和的移行」のような言い回しが、「現状維持」の言い換えとして、抗議行動に繰り出す大衆をはじめとする、中東内外の当事者の利害関係や狙いを判断する指標になるように思われる。
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