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2010-12-18 14:40

(連載)ウキリークスの刑事責任を問うことはできない(2)

島 M. ゆうこ  エッセイスト
 次ぎに、米議会にはツリーズン(Treason)、つまり「裏切り」の罪で起訴すべきだ、と発言している議員が複数存在する。米国でのツリーズンは「国家に対する反逆罪」と理解されている。『バロンの法律用語辞書』によると、アメリカ合衆国憲法に定義されているツリーズンとは「アメリカに対し、アメリカ国民が戦争を始め、敵に味方し、援助した場合」である。具体例として、「アメリカの武器製造会が、アメリカと戦争をしている国またはアメリカの敵のために、武器の製造および販売を行った場合」だ、と解説している。最後に、アサンジをスパイ容疑で起訴できるか、という疑問であるが、彼は、お金を払って情報を買ったり、自ら情報を盗んだり、犯罪組織を使って極秘情報を集めたりしていないとの一般的認識がある。更に、彼は、真実追究の理念を持つ、単なるメディアの創始者に過ぎない。従って、彼に刑事上の罪を負わせることは、かなり困難であると考える。

 政府の秘密情報が暴露されるたびに、「国の安全保障に関わる問題である」と、政府側は同じせりふを繰り返している。その一例として、1970年「ペンタゴン・ペーパー」として知られるアメリカのベトナム戦争政策に関する機密情報が『ニューヨーク・タイムス』紙に掲載された事件で、当時のニクソン政権は「国家機密の漏洩は、国の安全保障を脅かす」として訴訟を起こしている。その機密情報は、元ペンタゴンの軍事分析者で、後に反戦運動家になったダニエル・エルスバーグによって漏洩された。連載を予定していた『ニューヨーク・タイムス』紙は、最初の掲載後、米政府によってプライアー・リストレイントと呼ばれる法的概念、つまり国の安全保障を脅かす機密情報の出版に対しては、政府の事前の検閲が可能であるとして、出版を阻止する圧力をかけられた。

 これが、歴史的に有名な『ニューヨーク・タイムス対アメリカ合衆国』の判例である。この情報の検閲に関し、当時の最高裁判事らの見解は大きく分かれた。しかし、最終的には「人命に関わるような例外を除いて、情報の検閲はできない」との結論に達し、最高裁は米政府の訴訟を却下した歴史がある。アメリカ憲法改正第1条の言論と報道の自由は守られたことを、何よりも示唆した判例である。ウキリークスが出版した機密情報には、総体的な印象として、このような例外に相当する情報はないと考える。また、世界中に存在するホイッスル・ブロアーとメディアの協力体制は、グローバル情報化時代の新たな風潮であり、インターネットのハイテク技術以前の情報時代とは質が変わってきている。

 ウキリークスを「ハイテク・テロリスト」と呼ぶ政治家もいるように、秘密を保持する側と暴露する側との戦いは、今後も続くだろう。完全な政治の透明性を維持できない政府または世界の指導者は、アサンジに対する刑罰の可能性を模索するより、その機密情報を漏洩させないための高度な管理体制を構築する方が賢明ではないかと考える。「ペンタゴン・ペーパー」の事件では、『ニューヨーク・タイムス』紙はもちろん、機密情報を提供したエルスバーグも刑事責任を問われることはなかった。ウキリークスが不当な弾圧を受けたり、アサンジが今回の機密情報漏れで刑罰を受けることは、上記理由により民主主義に反すると考える。むしろ、政府の虚偽や秘密行為が正当化され、憲法で保障されている言論と報道の自由を脅かすことこそ、深刻な問題である。(おわり)
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