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2010-09-05 01:12

(連載)2008年アメリカ金融危機秘話(4)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 (7)残った投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)とモルガン・スタンレー(MS)は、崩れていく市場の信頼と闘っていた。リーマン・ブラザーズの債券(7億8000万ドル)を組み込んだ投資商品リザーブ・プライマリー・ファンドがわずかに元本割れしたので、投資家たちが当該口座を解約し始めた。ヘッジファンドがMSやGSから資金を引き出して、両者の体力を試すこともあった。そして誤った報道や風評被害が激しくなった。MSは三菱東京UFJ銀行から90億ドルの投資を受け、9月21日日曜午後9時30分、GSと共に銀行持株会社になって、22日月曜には株価が安定した。GSは株価が安定しなかったので、伝説的投資家ウォレン・バフェットから条件付で50億ドル分の優先株への投資を受けた。このニュースのおかげで、GSはさらに50億ドル分の株式を売却でき、株価も6%以上上昇して、増資に成功した。MS買収には、中国初の政府系ファンドである中国投資有限責任公司も関心を寄せていた。

 (8)この間、歴史家の間では金融パニックとその対策の研究が注目される成果を生み出している。パニックを抑えるためには一時的に大胆な措置が必要とされるようだ。まず、イギリス政府が先行し、アメリカのSEC委員長も空売りを30日間禁止して、株価の下ぶれを防いだ。次が、ポールソン財務長官の「不良資産救済プログラム」(TARP)であった。同提案は9月29日月曜に下院でいったん否決される前後に、性格を変えた。つまり、不良資産の買い上げから、金融機関への直接投資に切り替えられた。そして「優先株購入」、「納税者が株主」、「市場が回復すれば、連邦政府が利益を得る」と支持され、上院・下院議会を通過した。そして、最も弱い銀行にとってプログラムを受け入れやすいものにするためにと、最強の銀行が資本注入を受け入れ、参加を「恥ずかしくない」ものにし、存続が危ぶまれる銀行の問題を隠してやることにした。そのため、大手金融機関9行のCEOがワシントンDCに召集され、希望の有無にかかわらず、TARPを受け入れることになった。金融機関への直接投資もイギリス政府が先行した。

 (9)世界の金融規制当局は全体像を理解するのに苦労していた。アラン・グリーンスパン前Fed議長でさえ、何が起きているのか正確には把握していなかったと後で認めた。バーナンキ議長ですら、「サブプライム市場が2兆ドル規模になっていたとはいえ、14兆ドルのアメリカ住宅ローン市場のほんの一部に過ぎない」と認識していた。本書出版後の2010年1月、彼は、オルトAローン(プライムとサブプライムの中間に位置する住宅ローンで、審査無しで融資されていた)残高がサブプライムローン残高と同規模に達していたことを明らかにし、海外貯蓄過剰論を改めて力説した(本欄1月10日参考)。本書では、ポールソン財務長官やガイトナーNY連銀総裁が民間対策と規制当局内の意思疎通を図る一方で、バーナンキFed議長はプレス発表や議会の説得を担当していたようにみえる。バーナンキの行動に焦点を置いた書物に、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙記者ディビッド・ウェッセルの『バーナンキは正しかったのか?:FRBの真相』(藤井清美訳、朝日新聞出版、原著2009年)があり、ソーキンのドラマと相互補完的な関係にありそうだ。(おわり)
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