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2010-09-04 09:54

(連載)2008年アメリカ金融危機秘話(3)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 (4)リーマン・ブラザーズはアメリカの投資銀行であったが、取引の多くがロンドン支店を通して行われていて、イギリスに帳簿の半分をもっていた。アメリカ当局はここまでは把握していた。資金は国境を越えて自由に動き回るが、金融規制の程度や実態は各国で多様であり、金融破綻の処理法も国ごとに異なっていた。アメリカ連銀はリーマン取引の縮小対策として、アメリカ国内でのリーマンのブローカー・ディーラー業務を継続させようとしていた(しかし1月11日付本欄で書いたように、リーマン持株会社のコンピュータ会社が破綻していた)。それに対してヨーロッパとアジアの支店は、法律によってただちに業務を停止した。そのため、リーマンのロンドン支店をつうじて取引を行っていた複数のヘッジファンドは、取引を絶たれ、市場から数十億ドルの資金を引きあげた。また、再担保契約によって、リーマンはヘッジファンドの提供した担保を、ロンドン支店をつうじて別の当事者に再び担保として差し出していたので、所有関係の見きわめが困難であった。それが一因で、リーマン破綻はアメリカ当局の想定を超えて大きな影響をヨーロッパにもたらしたといえる。

 (5)2008年4月の国際通貨基金(IMF)レポートによれば、負債・自己資本比率のレバレッジは、リーマンが30.7対1、次いでメリルリンチが26.9対1であった。メリルはといえば、債務保証証券(CDO)の作成と販売だけではなく、モーゲージを発行し、証券化し、細分化してCDOを作り出す、フルラインの生産者をめざしていた。30以上のモーゲージ・サービサーや商業用不動産会社を買収し、2006年12月には、国内最大のサブプライムローン貸付業者ファースト・フランクリンを13億ドルで買収した。その頃、サブプライムローン市場はほころびて、価格が下がり、延滞が増えていた。2007年に入ってもリスク管理にほとんど注意を払わなかったので、メリルは会社史上最大の損失を出し、CEOは元ゴールドマンのジョン・セインに交代した。2008年6月に新CEOは買収先を探し始め、「バンク・オブ・アメリカはメリルにぴったりの買い手」として、9月15日に買収されることに成功した。仮にバンク・オブ・アメリカがリーマンを買収していたならば、メリルは買い手を見出すことに失敗し、ドミノで破綻していた可能性があったことが読み取れる。

 (6)大手保険会社AIGは、ウォール街だけではなくヨーロッパでも金融システムの要であった。ヨーロッパの銀行規則では、金融機関は、AIGの金融商品部門とクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)契約を結んでおけば、必要資本を満たすと認められていた。そのため、銀行はCDSを用いて、企業融資や住宅ローンというハイリスク資産をAIGのトリプルAの信用力で覆い隠し、レバレッジを拡大していた。AIGが破綻すればこの保護が消える。AIGの財務状況は週末に急速に悪化し、格下げが迫り、取引相手から追加担保を再三要求されていた。9月15日月曜朝から24時間で、ポールソン財務長官は市場がパニックに包まれる様を目の当たりにした。諸外国の政府は米財務省に連絡し、AIG破綻に対する懸念を表明していた。16日、連銀は140億ドルのつなぎ融資を決め、CEOの交替を求めた。住宅ブームの火つけ役ファニーメイとフレディマックの存続については、議会の圧力が強かったのだが、現在でも政治的議論が続いている。(つづく)
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