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2010-09-03 10:07

(連載)2008年アメリカ金融危機秘話(2)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 本書は、たくさんの新事実を提供している。既に、簡単な書評は出ているので、ほんの少しの推理を交えて、論点を提供しておこう。

 (1)投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)の最高経営責任者(CEO)であったポールソンは、ブッシュ前共和党政権から説得を受けて、2006年5月30日に財務長官に正式に指名された。彼は、ハーバード・ビジネス・スクールでも学んだ金融テクノクラートであり、クラスメイトだったアラン・ハバートが国家経済会議(NEC)委員長をしていた。彼は早い時期から市場について心配しており、同年8月17日、キャンプ・デイビッドでおこなわれたブッシュ大統領への最初のブリーフィングにおいて、「経済はいつ危機に陥ってもおかしくない」と警告した。彼は、サブプライムローン(信用力の低い人向け住宅ローン)問題、ひいては金融市場の先行きを懸念する人々の陣営に位置しており、この陣営の懸念が現実化したときの対策のために抜擢されたことが、前提となっているように描かれている。

 (2)2008年3月15日の週末にかけて、ベア・スターンズを破産から救い、JPモルガン・チェースCEOのジェイミー・ダイモンを説得して業務を引き継がせたのは、一般報道とは異なり、ベン・バーナンキ連邦準備制度理事会(Fed)議長ではなく、ガイトナーNY連銀総裁であった。ただ、290億ドルの政府融資を伴ったことから、経営者の『モラル・ハザード』(適切なリスクマネジメントの欠如あるいは過度なハイリスク・テイキング)を批判する世論が高まり、議会において新たな救済融資を決めることは不可能な状況になっていた。これは、イギリスにおいても同様であった――少なくとも9月15日までは。とくに、ナンシー・ペロシ米下院議長は、無能な経営者を救済することに対して、批判の急先鋒になっていた。それゆえ、規制当局者たちには、民間による救済策(吸収合併やコンソーシアム融資)を模索するしかなかった。

 (3)リーマン・ブラザーズが破綻を避けるためには、銀行に買収されなければならなかった。韓国産業銀行なども候補にあがって交渉が行われたものの、最終段階まで残ったのは、バンク・オブ・アメリカと、イギリスの巨大金融組織の投資銀行部門バークレイズ・キャピタルであった。2008年9月14日夜、バークレイズがアメリカにおけるブローカー・ディーラー部門を買収し、残りの「バッド・バンク」に必要な資金(約330億ドル)を他の大手銀行がコンソーシアムを組んで提供するという合意にまでたどりついていた。しかし、イギリス政府がこうした手法による買収を認めず、バークレイズの株主投票が必要であると主張しつづけたため、時間切れで万事休すとなった。そして、アメリカSEC委員長がリーマンに破産申請を促し、リーマンは9月15日午前1時45分にニューヨーク南地区で正式な破産保護申請をおこなった。アメリカ政府関係者は『モラル・ハザード』批判は防いだと感じていた。そしてバークレイズは、株主投票を気にすることなく、リーマンの米ブローカー・ディーラー部門を買い取り、ウォール街への進出を果たした。本書にはないが、野村ホールディングスが22-23日に、リーマンのアジア・パシフィック地域部門、欧州・中東地域の株式部門と投資銀行部門の業務を継承することに基本合意した。(つづく)
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