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2010-05-06 00:49

電子メールに法的証拠能力はあるか

池尾 愛子  早稲田大学教授
 投資銀行ゴールドマン・サックス・グループの幹部たちが、4月27日に、アメリカ議会の公聴会に出席した。質問する側は上院小委員会の議員メンバーである。ゴールドマンの幹部より明らかに年齢の高い経験を積んだ人たちであり、選挙の洗礼を受けるため、ある程度は政治生命を賭けていると思われる。ブルームバーグでも、公聴会の一部始終を放送していたようだ。乗り継ぎ空港のラウンジの大型モニターで、東部時間の11時半頃から1時間ほど、偶然見入ることになった。ゴールドマン側がCDO(サブプライム関連の債務担保証券)などを大いに販売していた頃、住宅価格は上昇中であったが、そのときに住宅価格の反転を予期していたのか、を解明したいという想いも、質問者側にはあったようだ。

 見ている1時間ほどの間に、細かなジグザグはあるが低下の一途をたどるダウ平均のグラフが何度か画面の一部に映し出された。折りしも「格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が、ギリシャ国債の格付けをいわゆる投機的水準(Junk)にまで引き下げた」との文字での臨時ニュースが流れた。周囲が最もどよめいたのは、電子メールが証拠として取り上げられた瞬間だった。最初は、参考書類の束の中にある問題の電子メールを紙に出力したものを、ゴールドマン側に読ませただけであったので、テレビを見ている者には何が書いてあるのかは、わからなかった。前日には、電子メールを証拠として採用することが予告されており、公聴会後半では、読み上げられたようだ。

 電子メールが証拠として利用されたシーンを目にして、電子メールが普及し始めた頃――10年くらい前だろうか――に交わした会話が甦ってきた。話題は「電子メールは法的証拠になりうるか」だった。転送された電子メールが何の証拠にもならないことは言うまでもない。パソコン上のメーラーにダウンロードされたメールも証拠として扱いにくい。いわゆるメール・プロパティはパソコン上でのメーラーでは確認できても、それをメール本文と一緒に紙に出力することが困難である。「パソコン本体を提出することによって、証拠として採用されうるか」についても「非現実的である」という流れであった。「メール本文とともに、いわゆる『詳細ヘッダ』がメール・サーバから直接ダウンロードされて、紙に出力されれば、かなり有力な証拠になりうる」ということになった。電子メール本体が削除されても、印刷されたものは、証拠としての威力を保ちうるであろう。ただし、その場合にも、電子メールの受信者が出力に協力することが不可欠である。ただ有力な証拠にはなっても、電子メールをより完全な証拠とするためには、メール管理者も審議に参加しなくてはならないであろう。

 それから、「電子メールという証拠は、マスメディアとタイアップすれば、ある組織の問題を明らかにすることはできるか」も話題になった。これについては、二組の意見が激突したと思う。一組は、「ある組織に所属する者が発信した電子メールを、テレビカメラの前で提示するなどすれば、その組織の問題を明らかにするためにかなりの効果が上がるのではないか」と主張した。もう一組は、「色々な使い方ができるとはいえ、電子メールはそもそも私信であり、個人的なものであることを鑑みれば、組織の問題を浮き彫りにするのは困難であろう。電子メールを証拠として提示することによって関係者の発言を誘導して、組織の問題をあぶり出そうとしても、組織内部の者が決定的な電子メールの出力に協力することはまずないであろう。となれば、外部者宛てのメールを利用することになる。すると、結局、電子メール送信者個人に問題が集中する可能性が高いのではないか。送信者以外の組織内部者が関係無しとなれば、問題メールの送信者だけが極悪者にされかねず、組織の問題を明らかにするという当初の狙いを達成するようには、ならないのではないか」と反論した。

 今回の公聴会を通して、ゴールドマン・サックス・グループはといえば、プロ対プロの取引に徹している印象を残したようであり、アメリカでは人気の高い企業であることに変化はなかったようである。その中で、ゴールドマン側の一人FT氏が外部の友人に宛てたという電子メールが証拠として提示され、時間がたつにつれ注目度が上がったように思う。おそらく彼の友人は、組織の問題を明らかにするために協力したつもりであっても、FT氏個人を窮地に陥れる意図をもって協力したのではなかったのではないか、という感想が残る。
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