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2009-08-09 22:13

(連載)現代アメリカの金融理論と金融政策(3)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 ブラックとシカゴ学派との関係についてのメーリングの論述も興味深い。シカゴ学派では「証券価格形成には、価格に影響を及ぼしうるすべての情報が正確に反映されている」というファマの効率市場仮説が支持されていた。しかし、証券分析では「市場は完全ではない」と前提して、市場価格を上回る価値を有するはずの証券を見分けて、裁定取引をすることが目指されるのである。ブラックは、CAPMと効率市場仮説の両方が成り立つ世界を解明したいと思い、「とくに信ずべき根拠がない限り、市場は効率的だと考える方が無難である」とみなした。シカゴ大学に着任していたブラックは、1973年にMITのショールズとともに、ブラック・ショールズ・モデルと呼ばれる確率入り動学モデルを発表した。詳細は省くが、これにより、実際に利用可能な変数を用いてオプション・プレミアムを計算することが可能になり、オプション取引の世界での常識となっていく。

 ブラックは、ミルトン・フリードマンのセミナーに出席していた。フリードマンは1968年12月に「固定相場制を廃して変動相場制を採用する」ことを就任演説に盛り込むようにと、ニクソン次期大統領宛てに手紙を書いていた。ニクソンはこれについては拒否したものの、1971年8月に米ドルと金の交換停止を発表する。シカゴの経済学者たちは、変動相場(フロート)制への移行を既に見すえていて、「各種規制を撤廃した市場の自由化を推進すべきだ」との考えを普及させようとしており、この点では、理論モデル派のブラックと共鳴するものが多々あったといえる。

 シカゴに移ったショールズがそのままとどまる一方で、ブラックは1975年秋にMITに移る。メーリングによれば、ブラックは早くも1982年に、ジェームズ・ストーン(当時商品先物取引委員会委員)との未公刊の共同論文で、ノイズ・トレーダーが市場価格にランダム・ノイズを上乗せする世界を想定して分析をしていたという。ノイズ・トレーダーというノンプロのトレーダーを金融分析で概念化したのは、ブラックが最初であろうが、実務家たちは以前から使っていたものと推測される。ブラックは1984年にゴールドマン・サックスに転職し、同社で最初のクォンツ(分析専門家)となった。同パートナーのロバート・ルービンは、シカゴ・オプション取引所創設メンバーの一人として、ブラック・ショールズ式を公表の前から活用していた経験を持っていた。ブラックは他のクォンツを採用し、計量金融理論に基くモデルを開発したり、モデル開発に助言を与えたりした。

 また、彼がマン・マシン・インターフェイスにも配慮したコンピュータ・プログラムを採用することにより、ノイズ取引を減らして利益率の向上を図ったことも興味深い。ブラックは、人間が戦略を立てて、取引手順を自動化したコンピュータを使って売買するという未来図を描き、若手プログラマーを使って約1年後に、ウォール街初の自動取引システムを完成させた。1987年10月19日には、証券価格、先物価格が暴落し、取引量が膨れ上がって、コンピュータ・ネットワーク・システムの処理能力を上回り、取引、決済、連邦準備制度の電信決済までが滞り、ブラック・マンデーと呼ばれた。ブラックは「取引の混乱とそれが投資家心理に及ぼした影響だけで、大暴落のメカニズムは十分に説明がつく」、「情報コストとノイズ・トレーダーを組み込んだ拡張均衡モデルの範囲内に十分おさまるものだった」と判断した。(つづく)
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