国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「議論百出」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2009-08-07 15:59

(連載)現代アメリカの金融理論と金融政策(1)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 アメリカ金融市場の規制監督の方向性について、参考になりそうな書物や考え方を紹介しながら、考察してみよう。まず、P・メーリング(ニューヨーク・バーナードカレッジ)の『フィッシャー・ブラックと金融の革命的アイディア』(2005)が豊富な情報を提供してくれる。ブラック(1938-1995)の評伝が軸となっている理由には、ブラックが金融分野に大変貌をもたらした研究と実践的活動(ゴールドマン・サックスでは社内コンサルティング中心)の両方に携わったこと、ノーベル経済学賞候補に挙がりながら1995年に亡くなった後、彼が多くのノートや活動メモ、書簡など良質の研究資料を残していたこと、ロングタームキャピタルマメジメント(LTCM)への参加を断ったこと、などがあるだろう。

 1998年夏に破綻したLTCMのマイロン・ショールズとロバート・マートン(両者とも1997年ノーベル経済学賞受賞)、ブラックと共にアーサーDリトル社(ADL、米ケンブリッジ)で働いたジャック・トレイナー(CAPMの創始者の一人、実務家)、ブラックに影響を与えたマートン・ミラー、元ゴールドマンのロバート・ルービン(第二次クリントン政権時の財務長官)をはじめ、100人を遥かに超える数の学者や実務家がメーリングの聴き取り調査に協力した。北米経済学史学会(HES)も年次大会で同テーマでの講演機会を執筆中の著者に4回提供して、その研究を援護した。シカゴ学派研究がアメリカで過去10年くらい流行し続けてきた状況を反映して、ブラックと同学派との共通点にも光があてられた。

 『金融工学者フィッシャー・ブラック』(今野浩監訳、村井章子訳、日経BP)という題で邦訳版も出版されているが、理論解説については大村敬一・俊野雅司の『証券投資理論入門』(日経文庫)あたりの方がわかりやすく、もとから決して読み易いとはいえない。とはいえ、金融理論についての専門的知識をかなり盛り込む書き方になった背景には、イギリスのドナルド・マッケンジー(エジンバラ大学)ら社会学者による「(金融論を含む)経済学についての社会研究」、「経済学のパフォーマティヴィティ」をめぐる議論がヨーロッパで並行して行われていたことがある。マッケンジーの『エンジンであり、カメラではない:金融モデルはいかに市場を形成するか』(2006)は、金融・経済学の科学的研究成果――その中心はブラック-ショールズ・モデルなど――がアメリカを中心とする先進国の金融市場を変貌させてきた過程をたどり、金融実務家たちが各種の規制撤廃を求めてワシントンでロビー活動を行ってきた軌跡を、関係者へのインタビューによって解明したのである。

 商品先物取引そのものでは18世紀の大坂・堂島の米穀市場などが先行したものの、シカゴでの商品先物取引は桁違いの取引総量・総額により特徴づけられる。この時点では社会学者たちは金融理論と経済学を区別することは考えていなかった。それに対して、経済学者・経済学史家のメーリングは、CAPM(資本資産評価モデル)を北極星の如き重要基準として、ブラック-ショールズ・モデルなどを導出して市場と向きあってきた金融学者を、関心のある問題ごとに異なるモデルを構築して解決を探る経済学者や計量経済学者から、明確に区別することにしたのである。(つづく)

 
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『議論百出』から他のe-論壇『百花斉放』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
グローバル・フォーラム