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2009-07-02 21:42

旧東ベルリンに残るよき公共心

西川  恵  ジャーナリスト
 先日、出張でベルリンを訪れた。1989年のベルリンの壁崩壊と、その翌年のドイツ統一交渉の取材で、パリ特派員時代にさんざん通った街だが、それ以来、プツンと行く機会がなくなった。実に19年ぶりの訪問だった。旧東ベルリン地区を、かつての記憶をたどりながら路地から路地へ歩いたが、知らなければ東側の街区であることを認識させる痕跡はほとんどなかった。
 
 20年前の東ベルリンは、西ベルリンと鮮やかな対照を描いていた。灰色の町並みや、活気のない繁華街といった外観だけではない。人々の謙虚さ、ひそやかさ、譲り合い、といった立ちふるまいも印象的だった。西側の傍若無人ぶりと猥雑さに慣らされた身には、大変心地よかった。地下鉄内でモノを食べたり、足を前に投げ出して座ったり、声高に話している人もいなかった。駅前広場にも紙くずはほとんど落ちていない。犬を散歩させている女性が、フンを紙でとり、袋に入れているのを目にした時、フン公害のパリの街が頭に浮かんだ。もちろん外国プレス担当の役人の居丈高さ、党の特権階級の高慢さは鼻についた。しかし、それらを差し引いても、社会主義モデルでは模範生だった東ドイツ。個の欲望を抑制し、公共性を優先させる社会主義のよき側面があった。
 
 いまベルリンの人々の公共性に対する感覚が、19年前と比べて目に見えて悪くなったようには感じない。西側の影響は免れていないが、社会主義時代に身に染み込んだよき要素も、静かにだが人々の中に息づいているように感じる。金融資本主義の暴走のルーツは、1980年前後のサッチャー、レーガンの新自由主義的な経済政策にあると言われる。ただそれが本当に暴走を始めたのは、冷戦終結後からではなかったか。「資本主義は社会主義に勝利した」と西側が思い込み、個の欲望を最大限に拡大していくことにためらいがなくなってからである。
 
 ベルリンには、パリやローマには見られない独特の融合がある。個の欲望をどう公共性の枠組みの中に組み込むかに、世界の焦点が当たっているいま、ベルリンの立ち位置は面白い。かつて私は紙面で「もし新しい時代思想が生まれるとしたら、中部欧州からだろう」と書いた。冷戦終結から数年後のことで、勝ち誇った西側に対して、旧東側の人々の挫折感と敗北感はじっくりと発酵して、新しい思想として熟成すると思ったからだ。この考えはいまも変わらない。私がベルリンに注目するのもそのためである。
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