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2008-03-06 16:47
グローバル化時代の「食の安全」
小笠原高雪
山梨学院大学教授
冷凍ギョーザ事件は未解決のままである。事件はこのまま迷宮入りとなるのだろうか。食中毒は決して稀なことではない。しかし原因は究明されるべきだし、故意の可能性も存在するのであれば、その必要性は一層大きい。そして、今回の事件のように複数国が関わる場合、何よりも大切なことはすべての関係国の冷静な対応であるだろう。
来日した中国側の担当官は日本政府に「メディア規制」を要請したと伝えられるが、これは日本に対する無理解を示すものでしかない。ただし、日本のメディアが事件発覚の直後から「中国製」を前面に出す報道を行なったのは、やや一方的な印象を与えたかもしれない。問題の冷凍ギョーザが中国製であったことは事実だからそれに言及するのはよいとしても、事件の初期段階ではもう少し慎重な報道が望ましかったと思われる。
中国の警察当局が「自国内での農薬混入の可能性は極めて小さい」と発表したことに対し、日本国内からは批判の声が挙がった。しかしこの批判は必ずしも公正ではない。中国側の発表の前に、日本の警察当局も類似の発表を行なっている。日中いずれの側であれ、捜査の途中段階での発表はなるべく控えたほうがよいし、何らかの発表を行なう場合は細心の注意を払うべきであるだろう。もとより私は、農薬の混入は中国の外で起きた可能性が大きい、と主張しているわけではない。ただ、原因の究明に日中間の協力が不可欠であり、農薬の混入場所が最大の争点となることが最初から明らかであった以上、何よりも大切なのは双方の冷静さだと言いたいだけである。
そして問題の冷凍ギョーザが中国製である以上、中国側の謙虚な姿勢がとくに求められることはいうまでもない。レストランの料理に虫が混入していたとき、店側はよほどの根拠を示せる場合を除き、当店の調理場に虫はいない、と「反論」したりはしないであろう。それは中国のレストランでも同様なのではなかろうか。中国政府が日本政府と「論争」をしても、それは中国側の利益とならない。米国産牛肉が問題となったときと異なり、日本政府は中国製食品の輸入を禁止していない。不信感を抱いているのは日本の消費者であり、彼らの信頼感をいかに回復するかが最大の課題であるはずである。
今回の事件はグローバル化時代における「食の安全」(food safety)について多くのことを考えさせる。食料や食品が国境を越えて流通するにもかかわらず、それらの安全を国境横断的に管理しうる機関は存在しない。食料自給率の向上を説く向きもあり、無意味な目標とは思われないが、それにはやはり限界があるであろう。可能なことは各国の関係機関が協力しあうことだけである。グローバル化時代の「食の安全」を確保するには、そうした協力を地道に積み上げることが必要である。
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