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2025-01-04 17:24
国際政経懇話会談:2024年選挙を受けての米国二大政党政治の構図
岡山 裕
慶應義塾大学教授
(1)今回の選挙結果を踏まえての分析
今回の大統領選挙はドナルド・トランプの圧勝だったと言われているが、違和感がある。トランプは、今回の選挙で312名の大統領選挙人を確保したが、特別大きな数字ではない。例えば、圧勝と言われたオバマ元大統領の初当選の際は、365名の選挙人が確保されていた。一般投票の得票率では全国で2%未満の差しかついておらず、議会に目を転じても、特に下院は歴史的に稀に見る議席数の僅差となった。良質な世論調査でも数パーセントの誤差が避けがたいが、今日の二大政党の拮抗状況で事前の調査に基づいて勝敗を明確に予測するのはそもそも困難なことを念頭に置く必要がある。
つぎに出口調査の分析だが、大きな特徴の一つは殆どの地域と属性の有権者について共和党の得票率の上昇が見られたことだ。その要因としてインフレや、民主党支持者より共和党支持者の方が熱心に投票したといったものが挙げられる。そのうえで、労働者と非白人、後者については大きな割合を占める黒人とヒスパニックに注目したい。黒人とヒスパニックでは、共に共和党の得票率が伸びている。特に、ヒスパニックについては前回大統領選挙に比べ共和党寄りの変化が著しい。労働者については、大卒の学歴を持たない人と定義されているため、大雑把な把握の仕方だということに留意する必要がある。大卒以上の人の過半数が民主党に投票したのに対して、非大卒の人々は半数以上が共和党に投票し、共和党の得票率が前回から顕著に増えている。このような学歴と政党支持の相関は年々強まっており、「学歴による分断(diploma divide)」と呼ばれる。ただし、本人を含め、世帯に労働組合に入っている者がいる場合は若干民主党に投票した人が多い。所得別で見ると、従来は低所得者に民主党支持が多く、高所得者に共和党支持が多いという明確な相関があったが、今回はそれがみられない。このように、今回の結果は非白人や労働者の民主党離れという、よく指摘されるようになったトレンドと矛盾しないが、共和党の得票率が全般的にも増えていることもあり、今回の選挙で明らかに政党政治の潮目が変わったと結論づけるのは、現段階では難しい。
(2)全国規模で拮抗する二大政党と支持層の変化
アメリカの政党政治は1970年代から民主党がリベラル、共和党が保守というイデオロギー的分極化が進んできた。アメリカの主要政党は全体を統率する党首もいなければ、恒常的な綱領もない非常に規律の弱い組織で、党内が特定の政策方針でまとまることが難しい。それが20世紀後半以降、二大政党がほぼありとあらゆる争点についてイデオロギー的に対立するという、歴史的に初めての状況が生じている。政党間だけでなく、支持者の間にも分断や感情的な対立が入り込んできた。それぞれの政党の支持勢力として、民主党は労働者、非白人、低所得者や女性、共和党は高所得者や財界、宗教右派や白人男性が挙げられる。民主党が支持率では優位だが、共和党は投票率が高い高齢者や高所得者を支持層として抱え、また民主党よりも支持者が多く非都市部に住んでおり、非都市部が過大に代表される選挙制度のおかげもあって、従来から支持率は民主党の方が高くとも選挙結果では拮抗する状況にあった。
一般市民の政党支持や投票行動を説明するのは、非常に難しい。それに意識しながら、それぞれの投票の属性について改めて注目していきたい。まず、先ほどと同様ヒスパニックと黒人についてだが、いずれのグループも歴史的に厳しい差別を経験してきた人々で、黒人は20世紀の半ば以降は民主党の差別解消の熱心さを受けて圧倒的に民主党寄りであった。ヒスパニックはのちに人口が増加し注目されるようになったが、圧倒的ではなくとも民主党寄りであったと言える。今の共和党は明らかに差別指向が強まっているので、ヒスパニックと黒人が支持するのは驚きであるが、他方で民主党が差別の解消にどれだけ貢献できているかというと難しい。特に黒人の間では、民主党を支持するのが当たり前だという同調圧力があったとされるが、それが弱まってきている可能性もある。経済的には、両グループとも低所得者が相対的に多いため、その面でリベラルな人は多いが、社会文化的に見ると話は別である。ヒスパニックにはカトリックが多いため、例えば中絶に反対する人は非常に多い。黒人でも2割がカトリックあるいは保守派の多いとされるプロテスタントの福音派である。そのため、イデオロギー的に保守的で、共和党の支持者に回る素地を持っている人は決して少なくない。実際、共和党志向が高まっているのは黒人やヒスパニックのなかでも保守派を自認する人々に限られ、中道からリベラルには目立った投票行動の変化が見られない。
一方、近年注目される労働者の民主党離れは、20世紀の末に始まっている。その原因として、民主党がある時期から経済的なリベラリズムを抑制して穏健化したほか、労働者を民主党に動員してきた労働組合の組織率の低下などが挙げられる。しかし、非白人についてと同様、労働者層全体が共和党に動いていくシナリオは考えにくい。それには三つの理由が挙げられる。一つ目は労働者の多様性である。労働者は有権者の6割を占める非常に巨大な集団で、そもそも自分を労働者として認識している人はその半分程度と言われている。二つ目に地域や人種によって、人々の考え方や労組の強さも違う。同じ労働者でも、都市部と地方部では投票行動が異なることもわかっている。三つ目に、労働者のなかで共和党支持者が目立って増えているのは、白人のみである。
このように、労働者や非白人の共和党の支持率が増加したといっても、それぞれの集団のうち、社会文化的に保守的であるなど、何らかの形で共和党との親和性が強い人々に限られていることに注意が必要である。
(3)二大政党の政治・政策とその困難
民主党は経済的・社会文化的にもリベラルだが、とくにトランプの登場後は白人労働者の流出が意識されるようになり、選挙で勝つために党内の主流派は穏健寄りになる。それに対して、リベラルな立場を堅持する左派との間に軋轢が生じている。ただ、今の民主党あるいはリベラルが抱えている困難は、より根本的、構造的なものと考える。リベラルは、その目標を実現するために何らかの形で政府を活用する必要がある。しかし、共和党との拮抗により共和党に妨害されて望む政策をとれなくなっている。要するに、民主党は政策的な実績を上げて人気を集めることができない状態にある。実績で勝負できないとなると、党の目標や理想をアピールするほかないが、そうすると穏健派よりも左派の方が急進的な目標を掲げ、それが目立ってしまうため急進的、非現実的だと批判を浴びやすくなる。しかも、トランプが差別的・排外的な姿勢を見せているだけに、社会文化的な争点が前面に出やすくなっており、民主党にとって厄介である。一般的に人々は経済的な争点を重視すると言われており、実は経済に関するリベラルな立場は少なくない共和党支持者にも支持されている。しかし、経済的な争点よりも社会文化的争点が注目されやすい状況では、民主党は女性や非白人といった差別されてきた人々のことしか考えておらず、国民全体を見ていないという批判に脆弱になりうる。今回の選挙で、カマラ・ハリスが女性や非白人の権利ばかりを掲げて経済政策は曖昧だったと批判されているが、陣営の戦略ミスもさることながら、こうしたリベラルの構造的な困難という背景を見逃すべきではない。
共和党については、その裏返しである。トランプは、保護主義やインフラ整備といった労働者向けの政策を掲げ、それによって共和党が再編されたと言われることがあるが、保護主義はともかくインフラ整備を熱心に進めた形跡はない。内政に関しては、全体に共和党の保守路線が継続されている。経済面の保守的な政策の代表は減税や規制緩和だが、これらは民主党の再分配より政治的に実現しやすく、政策的な実績としてアピールしやすい。前トランプ政権でも大減税策が成立しているが、これは明らかに高所得者、財界に有利な政策であり、労働者との間でミスマッチを抱えている。つまり、共和党は労働者の政党になるというアピールを世間的には強めているが、そのために政策路線を変えている気配はない。政治学者のジェイコブ・ハッカーとポール・ピアソンは近年の共和党について、経済政策については高所得者・財界向けの方針を取りつつ、社会文化的には差別的・排外的な姿勢をとり、後者に共感する白人労働者を取り込もうとしていると述べている。このようなスタンスを彼らは「寡頭的ポピュリズム」と呼んでいるが、たしかにそのような面はあると思われる。
なお、以上を踏まえれば、最近しばしばみられるように民主党を「金持ち政党」と表現するのはあまり適切ではない。民主党支持者に多くなっているのはあくまで高学歴者で、所得面で二大政党に大きな違いはなく、むしろ共和党の方が高所得者向けの政策スタンスをとっているからである。共和党のこの手法は、社会文化的な争点が目立ったこともあって今回の選挙では成功したが、労働者との経済面のミスマッチは潜在的な弱点になると考えられる。
(4)第二期トランプ政権の今後の見通し
トランプのリーダーシップはポピュリズム的なもので、対立勢力を「邪悪なエリート」として攻撃する。これは既存の権力に挑戦するときは効果的だが、自分が権力者になった際に支持を維持できるかは別問題である。一期目と違い、トランプは共和党を「乗っ取った」状態のためその支配の動きは注目されるだろう。興味深いのは、選挙後の世論調査で共和党支持者も多くがトランプ氏の過激な行動には議会をはじめ共和党の政治家がブレーキをかけるべきだと回答していることで、共和党支持者も無条件でトランプ氏を支持しているわけではなさそうである。
民主主義の行方も気になるところで、21世紀に入って、共和党はトルコやハンガリーのような権威主義体制の支配政党に性格がかなり近づいてきていることがわかっている。今の共和党は民主主義にとって危険な政党になっていると言わざるを得ないが、だからといってトランプ氏の再就任で憲法停止や独裁をしくといった急激な変化が予想されるわけではない。今日、多くの国で民主主義が「後退」していると言われるとき、それは合法的な手段で民主的な規範や手続きが徐々に掘り崩され、特定の勢力の優位が増していくということを意味する。この点アメリカで注目すべきは州政府であり、現在半数以上の州で共和党が圧倒的多数派を占めているため、連邦政府で共和党が権力を握ると民主的な手続きが掘り崩されるのを止めようがなくなってしまう懸念がある。
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