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2022-10-05 21:04
イタリアにおけるドラーギ政権の崩壊と2022年総選挙の意義
伊藤 武
東京大学教授
長年の経済停滞に加えて新型コロナの感染拡大で大きな打撃を受けたイタリアにおいて、元欧州中央銀行(ECB)総裁のM・ドラーギ首相は、2021年2月の就任以来、EUとの間で復興基金の交渉をまとめ、経済運営の切り札として政権を担ってきた。しかし、2022年7月、ウクライナ危機後のインフレで苦しむ経済運営をめぐる対立から、5つ星運動が政権離脱を表明したことをきっかけに政権危機に陥り、首相ドラーギが辞任を表明するに至った。
本来 は翌2023年春に任期満了総選挙が予定されており、選挙管理内閣で凌ぐ道も考えられた。しかし、選挙を望む優勢な中道右派や選挙を弾みに党勢回復を図りたい5つ星運動など政党側の事情、政党側の争いで復興基金の条件となる改革パッケージで安易な妥協を避けたい首相ドラーギの意志もあり、9月25日、第2次世界大戦後初めて秋に総選挙が実施されることとなった。
選挙戦の焦点は、世論調査で圧倒的に優位に立つ中道右派陣営の勝利がなるか、それが経済運営のみならず対EU関係やウクライナ危機への対応にいかなる影響をもたらすかであった。中道右派陣営では、2018年総選挙以降優勢に立っていたM・サルヴィーニ率いる同盟やS・ベルルスコーニ率いるフォルツァ・イタリアがドラーギ政権参加批判や党内対立から10%少々・7%程度と大きく支持を減らしていた。他方、政権に加わらず批判を続けたG・メローニ率いるイタリアの同胞は急速に勢力を強め、総選挙投票前の最後の世論調査では支持率20%台中盤と第1党の座を揺るぎなきものにしていた。これに対して、中道左派の側では、E・レッタ率いる民主党が20%前後と支持低下傾向に陥っていた。また、元首相G・コンテが陣頭に立つ5つ星運動は当初の停滞を脱し、10%台前半と盛り返しつつあった。この他、第3極として中道のC・カレンダと元首相M・レンツィの連合が形成され、7%前後のキャスティング・ボートを伺う勢いであった。いずれにしても、小選挙区比例代表併用制の選挙制度下で、中道右派がほとんどの小選挙区議席を獲得して、安定多数を確保するという予測が大半を占めていた。
政策面では、国際社会や対立陣営からは、急進右派政権の誕生が、EUとの関係悪化、ウクライナ支援の交代とロシア制裁網からの離脱、規律を欠く経済運営、そしてハンガリーのように民主主義の後退に繋がるのではという懸念が表明されていた。ただし、選挙戦序盤から中道右派に政権成立を睨んだメローニ氏は、復興基金受け取りと経済政策運営やEUとの関係、ウクライナ支援の継続など現実主義的な対応をアピールしていた。ただし、中盤以降、同盟とフォルツァ・イタリアの苦戦、そして経済困窮者支援の「市民所得」(ベーシック・インカム)推進を柱に南部で5つ星運動の盛り返しが報じられると、各党のアピールは急進化する。民主党はレッタ党首を中心に、ドイツ社民党との連携を梃子に、中道右派陣営の国際的正統性の欠落を批判するネガティブ・キャンペーンを強化した。同盟やフォルツァ・イタリアは物価高の背景にある対ロシア制裁の緩和を視野に入れて、ロシアのプーチン大統領との対決姿勢の見直しや再評価の必要性を口にするようになった。そして、メローニ氏自身も、欧州議会でのハンガリー批判投票に反対を表明したり、スペインの急進右派政党Voxへの支持を明言したりした。
9月25日投票が実施され、記録的な低投票率の中で、中道右派の勝利が明らかになった。近年低下傾向の投票率は、前回から一気に10ポイント落ち込んで、63.9%となった。3分の1の有権者が投票所に足を運ばなかったことを示す。政党間の争いやどの党も解決策を打ち出せないという味方から、有権者の関心を低下させる効果を有したと考えられる。中道右派は上下両院(それぞれ定数200と400)で安定多数237・〜を確保した。その中では同胞が119議席と圧勝したが、フォルツァ・イタリアは45議席、そして同盟は予想より落ち込み67議席にとどまった。これに対し、5つ星運動は52議席と健闘した一方、中道左派は84議席と大敗を喫した。
選挙結果は、概ね当初予想通り、メローニ氏を中心とした中道右派連合政権の成立が有力視されるものとなった。原稿提出時(9月30日)現在、10月13日予定の国会招集、その後の組閣に向けて、中道右派間の交渉が進む他、政策路線に関する協議も行われている。難民対策の強化、復興基金受け取りをめぐるEUとの再交渉、ウクライナ支援・対ロシア制裁をめぐって、概ね現実路線が想定されているものの、閣内・閣外の対立も明らかになっている状況である。政治の行方は、まずは新政権の構成と船出のあり方にかかっていると言えよう。
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