ホーム
新規
投稿
検索
検索
お問合わせ
2022-03-21 17:44
中国の「内憂外患」対応に着手した習近平の動静について
松本 修
国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
3月17日、中国共産党は中央政治局常務委員会を開催し、COVIDー19の感染状況を分析し、防疫活動を厳格に行うことを手配した。習近平総書記は同会議を主宰し、重要講話を行った。中国共産党が、このようなハイレベルの疾病対策会議を開いたのは2年前の2020年2月以来のことである。12日付の拙稿で指摘したように、2022年の中国は「内憂外患」こもごも至る状況にあり、習総書記は漸く対応に着手したのである。先ずは今回のハイレベル会議の内容をみてみよう。
習総書記は、政治局常務委員会会議で以下のように指摘した:「防疫活動を常態化して以来、我々は対外的には流入を阻止し、国内では再発を防止することを堅持し、常に地域ごと、レベルごとで異なった対応を行い防疫レベルを向上させ、局地的かつ集中的に発生する感染状況を早急、有効に処置して人民の生命安全と身体健康を最大限保障し、経済発展と防疫活動において世界全体で優先的な地位を保った。これは、我が国の防疫上の実力と能力を体現し、中国共産党の指導と社会主義制度の優越性も表した。」しかし、中国のCOVID-19感染状況は依然として深刻である。同会議開催前の13日に吉林省入りした衛生工作担当の孫春蘭副総理は、16日まで省府の長春市や吉林市等で現地指導を行ったが北京への「撤退」帰還を余儀なくされている。3月20日現在、中国の吉林省・福建省・河北省・広東省など19省・市・自治区に感染者1,947人+無症状感染者2,384人=4,331人の本土感染者が確認されている。そして、3月2日に通算の感染者11万人を計上した中国は19日、一気に感染者が13万人台に急増、吉林省では死者2人が出て通算4,638人となった。では、こうした疾病発生状況に対し、習総書記はいかなる対策を打ち出したのか。
政治局常務委員会で習総書記は、「(流入阻止・再発防止という方針の)堅持こそ勝利である」と切り出し、「①各地区・部門・方面は当面の内外感染状況の複雑性・激烈性・反復性を深く理解して動員を一層行い、思想を統一し、自信を持って堅持を緩めず、各種防疫活動を細部にわたって着実に行わなければならない、②常に人民第一・生命第一を堅持し、科学的に正しく“ゼロコロナ”(中国語:動態清零)によって疾病の拡散・蔓延を早急に防止しなければならない、③科学的に正しく防疫のレベルを向上させ、常に防疫措置を健全化し、ワクチンやPCR検査、薬物開発など科学的な難関突破を強化し、防疫活動を一層有効にしなければならない、④戦略的に一定のパワーを維持し、安定の中で進歩を求めることを堅持し、防疫活動と経済社会発展のバランスをとって有効な措置をとり、最小のコストで最大の防疫成果を得られるよう努力して社会発展への疾病の影響を最小限にしなければならない」と強調した。具体的には「地域・部門・単位・個人という4つの責任を問い」(四責)、「早期の発見・報告・隔離・治療」(四早)で防疫活動を厳格に、かつ実態に基づいて推進し、重点地域に対する防疫指導を強化して、局地的・集中的な感染状況を早急に抑えるというものであるが新味はなかった。小生が奇異に思ったのが、今回のハイレベル会議を契機に2020年2月以来、党中央に「防疫工作指導小組」が再度設置されるのかと予想しながら、組織的な対応は国務院(政府)レベル(聯防聯控メカニズム)にとどまったことである。そして一部報道から、さらに下位レベルの国家衛生健康委員会に防疫工作指導小組が存在することが判明したことから、習近平自身の「内憂」認識にはまだ危機感が足りないのか、あるいは当面の疾病状況は掌握可能だとの自信があるのかと推論した次第である。では「外患」への対応はどうなったか。
3月17日の政治局常務委員会開催を伝える報道には、最後に「その他事項を研究した」とあり、吉林省など地方首長の人事異動の検討かと推論していたら、米国側から「18日に米中首脳電話協議を開催する」との公表がなされ、中国側からも同様の発表が行われた。既に14日、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と楊傑チ党中央外事工作委員会弁公室主任(政治局委員)が伊ローマで会談しており、これはバイデン米大統領、習近平国家主席の「特使」協議であり、何らかの事態進展があるかと小生は予想していた。恐らく習主席は、今回のハイレベル会議で「ローマ会談」の内容を検討し、対米関係、ウクライナ情勢などに関する事項を研究し、米中首脳電話会談に臨んだのであろう。
中国時間の18日晩に習主席は、バイデン米大統領とVTC(ビデオテレビ通話)を行い、両者は米中関係とウクライナ情勢など共通の関心ある問題について「率直、かつ深部にわたり意見交換した」と報道され、激論が交わされたことが示された。中国外交部のHPによると、バイデン米大統領は「50年前、米中両国は『上海コミュニケ』を発表したが、50年後の今日、米中関係は再び重要な時機にあり、両国関係の発展如何が21世紀の世界構造を作り上げる」とし、昨年11月の米中首脳会談における表明事項(米国は対中「新冷戦」を求めない、中国体制の変換を求めない、同盟関係強化によって反中を求めない、「台湾独立」を支持しない、中国と対立を求める気はない)を再確認したという。これに対し習主席は「昨年11月の『雲会談』(バーチャル会談)以来、国際情勢には新たな重大変化が現れた」と切り出し、「平和と発展という時代のテーマは厳しい挑戦を受けており、世界は太平ではなく安定していない。国連安保理常任理事国と世界の二大経済国として我々は、米中関係を正確な軌道に沿って前進、発展させるだけでなく、相応の国際的な責任を果たし、世界の平和と安定のために努力しなければならない」と主張した。ここまでみてきて小生は、習主席の冒頭発言から重大な言及が削除されているのに気付いた。3月20日付の朝日新聞は、今回の米中VTCで「中国メディアは協議中から習氏の発言を速報。協議結果も米国に先んじて発表し、国際世論の主導権を握ろうと動いた」と報道していたが、確かに新華社は、会談の最中に「ウクライナ危機は我々が見たくないものだった。関連する事態は国家関係は戦争という一歩を踏み出してはならず、衝突や対立はいかなる人間の利益にも合致しないことを再び証明した。平和と発展こそ国際社会が最も大事にしなけれなばならない財産である」という、率直な習主席の発言を速報していたのである。しかし、中国外交部HPからは、この習発言は削除され、代わりにウクライナ情勢に関する習発言は「ウクライナ情勢がここまで来たのを中国は見たくなかった。中国は従来、平和を主張して戦争に反対してきたが、これは中国の歴史的・文化的な伝統である」と明らかに「後退」トーンダウンしたのである。さらに、古典好きの習主席は「片手だけでは鳴らせない」(両手で初めて手を鳴らせる、相手がいなければ喧嘩にはならない意味)、寅年をもじって「虎の首に鈴をつけた人こそ、その鈴を取り外さなければならない」(問題を引き起こした者が解決すべきである意味)という中国に伝わることわざを引用し、「当事者こそ政治的な意図を示し、当面のことに着眼して未来に目を向け、妥当な解決方法を探し、その他関係者は条件づくりに従事するのがカギとなる」と主張し、「当面(短期的には)引き続き対話と交渉を行い、一般市民の傷害や死亡を回避し、人道上の危機出現を防止し、早急に停戦をはかるべきである」と強調した。さらに習主席は「長期的には大国が相互に尊重しあい冷戦思考を捨て、陣営の対立をとらず、バランスがとれて有効で、かつ持続可能なグローバル・地域の安全枠組みを徐々に作っていく。このために中国は一貫して平和に尽力し、引き続き役割を果たす」と主張したが、例えば早急の停戦を目指した紛争地域への特使派遣や、当事者間の仲介など中国として実行可能な、具体的な活動を示唆する発言は全くなかったのである。こうした「外患」への対処姿勢は王毅外交部長、李克強総理から習近平国家主席まで一貫しており、当面は「模様眺め」の態勢堅持なのであろうか、今後の習主席ら中国要人の動静が注目される。
最後に、3月18日の米中VTCに出席したのは習近平の秘書役である丁薛祥党中央弁公庁主任、対米経済貿易交渉担当の劉鶴副総理、王毅外交部長(いずれも政治局委員)であったが、今回の協議を御膳立てした楊傑チ党中央外事工作委員会弁公室主任(政治局委員)の姿はなかった。14日の伊ローマ会談後、「習近平の特使」楊主任は仲介実現を念頭にウクライナ、あるいはロシア、近隣の欧州第三国に向かったのであろうか。一方、米紙ウオールストリート・ジャーナル(電子版)は18日までに、中国共産党の習近平総書記(国家主席)が今年後半の党大会で3期目入りを目指していることに対し、朱鎔基元首相ら引退した党幹部から反対意見が出ていると報じた。民間企業への抑圧など習氏の政策に対する疑問からで、長期体制に党内から異論が出ているという。かつて1998年から2003年まで1期5年間、国務院総理を務めた朱鎔基は2001年に世界貿易機関(WTO)加盟を果たし、「中国のゴルバチョフ」と称された改革派であり、彼を含めた長老が習近平に「反旗」を翻したとすると習近平の「内憂外患」はまだ当面続く可能性が高い。
>>>この投稿にコメントする
修正する
投稿履歴
一覧へ戻る
総論稿数:4819本
グローバル・フォーラム