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2021-07-07 22:23
(連載1)日露平和条約交渉の視角と死角:法律・歴史・経済・信頼・時間
梶浦 篤
研究者
日露平和条約交渉を視角を変えてみると、思わぬ死角のあることに気付かされる。そこで、法律・歴史・経済・信頼・時間という5つの点から、見ていくことにする。
1.法律——四島は日本領 千島・南樺太は帰属未定地域
サンフランシスコ講和条約第2条(c)によれば、日本は南樺太と千島列島を放棄するとなっている。ここで問題となるのは、第一に南樺太と千島列島の地位、第二に千島列島の範囲である。
第一に、これらの地域の地位は、この条約で帰属先が明記されていないため、帰属未定地域とみなすべきである。当時のソ連領となったという説もあるが、ソ連はこの条約に参加していないため、この条約から利益を得られないというのは、国際法の常識である。さらに、同条約25条には、
このことがわざわざ明記されてもいる。同条約第8条(a)には、日本は連合国間で結ばれた条約に従うとあり、これにより、日本は南樺太の「返還」と千島列島の「引渡し」を定めたヤルタ秘密協定を承認したことになるという説もあるが、同条約第25条には、この条約でいう連合国にはこの条約に参加しなかった国を含まないともある。従ってソ連はこの条約における連合国に該当せず、日本がヤルタ秘密協定を承認したことにはならない。
第二に、千島列島の範囲については、この条約では英語、フランス語、スペイン語が正文となっており、そのすべてにおいて「クリル諸島」が用いられている。日本語も訳として添えられており、そこにおいては「千島列島」となっているが、これは正文ではない。従って、「クリル諸島」の範囲で見ていかなければならない。
現在は、領土問題を意識してと思われるが、ロシアは択捉・国後・色丹・歯舞を含めて「クリル諸島」とし、特に色丹と歯舞については、「小千島列島」としている。ただし「小千島列島」という言葉は、ロシア人によれば、1947年ころから使われるようになったとのことである。しかし、「クリル諸島」の範囲は、本来、得撫島から占守島に至る島々となっている。これについては、3つの根拠がある。
「クリル諸島」の語源
この諸島の先住民族は千島アイヌであり、アイヌ語で人を意味する「クル」をロシア人が「クリル」と誤り、彼らを「クリル人」、島々を「クリル諸島」と呼ぶことになった。ちなみに、択捉島以南の先住民族は、北海道アイヌである。
ロシアでは、ロシア人が千島の火山を見て「煙を吹く」のロシア語「クリーチ」から命名したのが語源としているが、ロシア人が「クリル」と呼ぶようになったのは、まだ千島を見ていない頃からだったので、疑問とされている。
ロシア皇帝アレクサンドル1世の勅令
樺太千島交換条約のロシア語の正式名称
以上のことからすると、サンフランシスコ講和条約によれば、歯舞・色丹・国後・択捉は日本領、得撫から占守までの諸島と南樺太は、帰属未定地域となる。
なお、連合国による一連の政策表明である、大西洋憲章、連合国共同宣言、カイロ宣言、ポツダム宣言により踏襲されている、「領土不拡大の原則」「民族自決の原則」からすると、得撫から占守までの諸島も、日本領となる。樺太についても、いろいろと議論の余地がある。
また、仮にもヤルタ秘密協定によったとしても、歯舞・色丹・国後・択捉はいわゆる「クリル諸島」に含まれず、ソ連に「引渡」されることにはならない。
国連憲章第107条がソ連の対日参戦を承認しているという主張も成立たない。なぜならば、同条は第二次世界大戦における連合国の行動を無効としたり排除したりしないとあるが、有効としたり受容したりするとは明記されていないからである。さらに、同条は、ソ連が日本に対して日ソ中立条約を一方的に破棄したことや、世界に対して大西洋憲章と連合国共同宣言を順守しないことを、正当化してもいない。
ロシアから、日ソ共同宣言の第1項にある、両国は平和、友好、善隣に努めなければならないということを日本が遵守していないので、ロシアは第9項の歯舞・色丹の「引渡し」を遵守する必要はないという意見まで出てきた。日米安全保障条約の改定など、日米の協力体制のことを指しているようだが、それを言うなら、北方領土を含む、ソ連・ロシアの軍拡の方こそ、平和、友好、善隣に反していると言える。日米関係の強化は、ソ連・ロシアだけではないが、近隣諸国からの脅威の増大に大きな原因がある。
⒉ 歴史——樺太・択捉・礼文は日本が先に統治
「歴史的ピンポン」つまり歴史論争はやめようと言い出したのは、ロシア側であるが、これは、ロシア側が勝ち目のないことを知っている何よりの証拠である。最初の日露両国の国境地帯の紛争は、1806年から翌年にかけての、ロシア人フヴォストフによる、樺太・択捉・礼文の日本人集落への襲撃である。日本がこれについてロシアに抗議をすると、ロシアは、フヴォストフは政府の命令を受けておらず、個人の判断で行ったとして、責任を回避した。ロシアのこのような対応は、道義的に問題があるが、そのことは、取りも直さず、当時、既にロシアが、樺太・択捉・礼文における日本の支配の正当性を認めていたことになる。なぜならば、もしロシアの領土を日本人が不法に占拠していたということならば、ロシアはフヴォストフの行為を支持するはずだからである。
もとより、東北地方、千島を含む北海道、樺太には、先住民族としてアイヌ民族が居住していた。昨今、ロシアがカムチャッカにアイヌ人が105人いるとして、ロシアの民族の1つに認めようという動きを示している。しかし、北海道アイヌ、千島アイヌ、樺太アイヌともども、アイヌ人のほとんどは日本に住んでおり、その人口は、約2万5000人はいるともされている。さらに、人種的にみて和人には、アイヌ人と同じ縄文系の血が約3割入っているとも言われている。また、千島アイヌは第二次世界大戦中に北海道本島に移住し、樺太アイヌはソ連の対日参戦に際して、和人同様にほとんどが故郷を追われて難民となって、北海道などに移らざるを得なくなったのである。ロシアが南樺太がソ連によって「解放」されたとしていることを、樺太アイヌの人に話したところ、どういう意味なのかと理解に苦しむ様子であった。やはり、ロシアのこのような歴史認識には、無理がある。それよりも、アイヌ民族こそ、カムチャッカもその南部はアイヌ先住の地であり、アイヌ・モシリ(アイヌの土地)の一部であると主張でき、その方が遥かに説得力がある。ちなみに、ロシア語の「カムチャートカ」は、アイヌ語の「カムイ・サッ・カ」(「神の乾いた糸」との意か)が訛ったものとも見られる。
従って、歴史的にみれば、北方領土は和人やロシア人よりもアイヌ民族が先住していた。また、アイヌ人がロシア人から、なぜロシアでなく日本を選ぶのかと聞かれて、日本人は米をくれるからだと答えたと言われている。もっとも、アイヌ人はロシア人からも日本人からも虐待を受けており、あくまでも究極の選択だったとみなすのが妥当であろうが、国として見た場合は、日本の方がロシアより優先権があると言える。
このことからもわかるように、「歴史的ピンポン」を続ければ、日本が勝利することは、間違いがないのである。
3.経済——援助は「未来形」ではなく「現在完了形」で
日本が領土を取り戻すためには、やはり経済援助が重要だと、よく耳にする。確かにその通りであるが、これを論じる際には、「時制」を間違えてはならない。
日本はこれまでに、このような考えのもとで、多くの経済援助を、特にソ連崩壊に際して行ってきた。しかし、一島も取り戻せていないのが現状である。とは言え、他に手段が見当らないということから、今後とも引き続き、経済援助をしていくしかなかろうという意見も、よく聞く。
ところが、ロシア側は、北方領土は「ATM」「現金引出し機」であるとか、領土を返したらもう経済援助をしてくれなくなるだろうから返さないとか、挙句の果てには、日本は領土を返してほしいから経済援助をしたのでロシアは返す必要がないなどと言ってくる始末である。このようなことからすると、日本が今後とも経済援助を続けたにもかかわらず、未来永劫に島々が返還されないという、最悪の結末ともなりかねない。
そこで、「時制」の話になる。経済援助については、ロシアは「未来形」を使って、これまでに受けた援助はことごとく無視して、あくまでもこれからの経済援助を求めるということに話を限定してきている。日本はこれに乗せられて、あとどのくらい経済援助をすれば島々が還ってくるのだろうかというような、論じ方をしている。これでは日本人の多くが心配する「食い逃げ」となり、ロシアの思う壺である。
日本は、あくまでも「現在完了形」を使って、これまでに日本は、困っていたロシアに対して、長年に亘って多額の援助をしてきたので、もはや、今度はロシアが領土において大きく譲歩しなければならない時であると、正々堂々と主張すべきである。日本は国後・択捉を取り戻すだけの十二分の援助をしてきたのである。もっと援助が欲しいと言うなら、ロシア側にはさらなる返還が必要とされよう。
「経済共同活動」についても、あくまでも互いに利益のあるものに限定し、日本がロシアに援助するというものは、四島返還後だと、きっぱりと言うことが肝要である。「経済共同活動」は、島の返還のための前提条件では決してない。島の返還後に完成する青写真である。魅力的なリストを並べることは重要だが、あくまでも主権で譲らせることが目的であり、主権の点では、一歩も譲ってはならない。また、返還前に資金を投入するなど先に譲ってしまうと、交渉が不利になる。「食い逃げ」と言わせないためには、協力が前のめりになってはならないのである。
ただし、長期的視点に立った戦略を立てることも重要である。例えば、中国はアヘン戦争で永久に放棄させられた香港の返還に成功したが、英国が放棄を決意した理由の中に、香港が水を大陸に依存しているということがあった。現在、中国は、台湾が統治している金門島に、水の供給を申出ている。日本も根室支庁を深圳のような経済特区に指定して、北方領土を日本の商圏に取込んで依存させるような方策を考えることが、可能かと思われる。島々から見て、根室がまぶしく輝く憧れの町となることが肝要である。島々に住むロシア人に、返還をめぐる不安を取除き、また利益を実感させるために、今から日本への「国内留学」や「国内診療」の制度を施すなど、日本国民並みの処遇をすることも、検討に値するのではないだろうか。色丹島出身で樺太に学ぶロシア学生が日本留学を希望したのに許可されないということがあるが、そのようなことは誰をも利することにはなるまい。
昨今、ロシアは北方領土において、中国、北朝鮮、韓国などの第三国の国民を、開発のための労働力として、あるいは旅行者として受入れている。日本としてはこれらの国々に厳重に抗議しペナルティーを科すことは当然としても、自粛はあまり期待できまい。ただ、返還された暁には、これらの開発は日本のためになるのである。このままではいつまで経っても日本人のみがかかわれなくなってしまういと悲観し、ロシア領と認めても良いから、とにかく一日も早く日本人が行かれるようにしないとなどと考え、他国と競って開発に参入するのは、全く得策ではない。
但し、日本政府の許可なく北方領土に不法上陸したような人物が駐日大使として任命されたら、もちろん不適任者として拒否すべきことは言うまでもない。韓国の例のように、このようなことは「確信犯」であろうから、拒否しなければ、このようなことは他国も含め繰り返されかねず、逆に拒否すれば、ある程度の抑止効果は見込めよう。また、このように、日本の立場や日本人の国民感情を著しく損ねるようなことに対しては、率直に先方に抗議する方が、両国関係の改善や、相互理解のために良いのではないだろうか。(つづく)
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