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2020-08-23 09:13
最近の中国要人の地方視察の動向等
松本 修
国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
1 はじめに
拙稿で何度か取り上げた中国共産党の現指導部や旧指導部の長老たちが河北省の避暑地に集まって国政を語る「北戴河会議」が終了した模様で、習近平ら中国要人の動静が8月17日以降明らかになった。中国問題に詳しい評論家の石平氏によると「今年の北載河会議では、習近平のやり方を良く思っていない現指導部と胡錦涛や温家宝らの長老たちが、習近平をつるし上げ、対米関係の改善を求めた」(17日付ニッポン放送解説)というが、公式報道から実態は不明である。以下、中国要人の地方視察の動向等を紹介したい。
2 習近平、安徽省を視察
(1)7月31日の「北斗3号」衛星システム開通式典(北京開催)出席以来動静が不明であった習近平は、8月18日から水害被災地の安徽省訪問を開始した。今回の地方視察は1月の雲南省以来、北京市(2月、3月)、湖北省武漢市(3月)、浙江省(3月)、陝西省(4月)、山西省(5月)、寧夏回族自治区(6月)、吉林省(7月)に続く本年10回目のものであったが、水害被災地の視察は初めてであった。随行者は丁薛祥(党中央弁公庁主任、秘書役)、劉鶴(国務院副総理、経済ブレーン)、何立峰(国務院国家発展改革委員会主任、経済改革担当)の「常連」に、前回7月の吉林省視察に同行した陳希(党中央組織部長、習の清華大学学友で党内人事担当)、張又侠(中央軍事委員会副主席 習の幼馴染とされる)という「側近メンバー」が加わり、水害対処の責任者である王勇(国務委員、国家洪水対処指揮部司令官)も同行したことから、党政軍の代表者を引き連れた水害対処の陣容を中国内外に示したと言える。
(2)習近平は、安徽省の李錦斌党委員会書記、李国英省長(党委員会副書記)の案内で阜陽市、馬鞍山市、合肥市を訪れ、特に長江沿岸の被災地を重点的に見まわり「私は被災地の人々のことを気にかけていた」と語り、「今回皆さんに会え、党と政府の支援の下で生活が徐々に正常化し、積極的に生産や自助努力を行うのを目の当たりにして安心した」とし、「どうか自力更生で努力を続け、日々の生活を豊かにしていってください」と強調した。そして視察最終日の21日、安徽省の党・政府活動報告を聴取した習近平は「人民を中心とする発展思想を強固に打ち立てる必要がある」とし、具体的には「民生プロジェクトを推進し、企業支援・負担減免・職務確保・就業拡大といった支援的な措置をより多く出して大学卒業生、農民出稼ぎ労働者、退役軍人、被災者などへの重点就業活動を突出させなければならない」と担当部門に発破を掛けたことから一見、水害対処に本腰を入れたかに見える。しかし、習近平の視察の主眼は別にあった可能性が高い。さらに細部みていこう。
(3)8月14日、人民ネットや新華社など中国メディアは「鉄血の真心で軍の魂を鋳造するー党の人民軍隊に対する絶対的な指導制度は何故動揺させてはならないか」という論文を公表し、久し振りに軍の「非党化・非政治化・国家化」批判を行い、「敵対勢力は近年、“軍事改革”の機に乗じてこの種の論調を唱え、我が軍将兵から魂を抜き取り、党の人民軍隊に対する絶対的な指導を動揺させ、軍を党の旗幟の下から引きずり出そうと妄想している」と警告したのである。こうした「正論」を受けたのか、安徽省視察中の習近平は19日、合肥市内の堤防上で洪水対策で犠牲になった人間の家族、現場で活動する要員、及び解放軍・武警部隊の将兵を慰問し「皆さんは党と政府の要求に基づき、苦難・疲労を恐れず作戦を続け、犠牲も恐れないという英雄主義精神を発揚した」と激励したが、通常の地方視察ならここまでであろう。しかし、今回は異なった。中央軍事委員会主席として習近平は20日、張又侠副主席の陪席の下、軍の水害対策関与状況の報告まで聴取したのだ。過去9回の地方視察で軍視察が確認されたのは前回吉林省の空軍航空大学を含め4回(他は雲南省駐屯部隊、北京の軍事医学研究院、湖北省の火神山医院)であるが、今回は中央軍事委員会聯合参謀部、東部戦区、安徽省軍区、武装警察安徽省総隊からの各活動報告を習主席が直々に受け、あらためて解放軍の指揮官・兵士、武警部隊の将兵、民兵・予備役要員に対し慰問を行うという異例の活動を行ったことから、習の「軍権」保持に何か異変があるのであろうか。しかし、これよりもっと特異な事態が中国で発生したので、さらに見ていきたい。
3 李克強、重慶市を視察
(1)今年に入って「COVID-19」への対処等で党内序列ナンバー2として活動してきた李克強総理は、概ね月1回ペースの習近平の地方視察に際しては北京に残り、トップ業務を代行してきた。自らの地方視察は1月の青海省(旧正月挨拶)・湖北省武漢市(防疫現場慰問)以来無く、防疫活動が一段落して初めて山東省(6月)、貴州省(7月)の視察が行われ、いずれも習近平の地方視察日程に重なることはなかった。しかし8月20日午前、李克強は突然、長江の源流に位置する重慶市を北京から遠路飛行機で訪れ、列車と自動車を乗り継いで市内の被災地域を視察したのである。これは、習近平の安徽省視察(18~21日)の最中であり、その活動は中国政府ネットのみ報じるが、人民ネットや新華社など他のメディアは「習近平報道」に特化しているため、21日2000現在李総理の扱いはなかった。
(2)しかし、中国政府ネットの報道によると、李総理はゴム長靴に履き替えて重慶市内で最も被害が酷かったトウ(さんずいに童)南区を訪れ、泥濘の中で被災者の激励を行って「党と政府は必ず皆さんの難関突破を支援する」と約束した。引き続き李首相は建設中の小型ダムを視察し、さらに重慶磁器の店を訪れてポケットマネーで商品を購入したり、ネット企業に対し、今後の就業口確保を要求するなど精力的な活動を行った。これら活動はいずれも20日の活動であり、21日も視察が継続されたかは明らかでない。また、習近平の地方視察と比較すると、李克強の随行者は不明であり、重慶市トップ(党委員会書記、市長)の同行も未確認であるが、あらかじめ周到にお膳立てされた習の視察活動とは儀礼上も、報道上も雲泥の差がある。ただし、「人民を中心とする発展思想」堅持というならば、現地の人民大衆は一体どちらの指導者を信用して頼りにするかは明白であろう。
4 他の特異事象
(1)「米中新冷戦」惹起の論調が喧しい中、中国の外交・国防・経済当局は対米関係の改善を目指し「協調」路線を模索している可能性が高い。先ず外交当局であるが、駐米大使の崔天凱(前外交部副部長)は8月4日、米アスペン安保フォーラムにリモート参加して「対立よりも協力を重視する」と訴えた。翌5日、王毅外交部長(国務委員)が新華社の単独インタビューに応じ「米国は自分の望み通りに中国を改造するという幻想を捨てよ」とする一方で「対話こそが問題解決の前提である。我々は、いつでも各レベル、各分野の対話を再開し、いかなる問題も交渉のテーブルに載せることが可能だ」と強調した。さらに7日には、外交当局のトップである楊傑チ党中央外事工作委員会弁公室主任(政治局委員、前外交部長)が「歴史を尊重し未来に目を向けて米中関係を固く維持、安定させよう」と題する長文論文(6,300華字)を発表し、あらためて米中関係の再構築を訴えたのである。そして、これら両者の主張を受けて14日、党中央外事工作委員会弁公室副主任を務めた楽玉成外交部副部長は「中国と米国の関係は、今後数か月が極めて重要になる。焦点を維持し、様々な過激勢力に揺さぶられないようにしなければならない」と強調したのである。
次に国防当局は8月6日、魏鳳和国防部長(国務委員)が米国のエスパー国防長官と電話会談を行った。国防相電話会談は3月3日以来のものであり、双方は南シナ海、台湾、今後の軍事交流などについて話し合ったという。米国側の報道によれば、エスパー長官は「共通の関心分野での協力強化や、危機回避のための意思疎通に必要なシステムの構築」を目的に年内の訪中を希望しているとされる。
最後に経済当局であるが、8月15日、米中の閣僚級会合が開かれ、中国側の「第1段階」通商合意履行の可否を検討する予定であった。本年1月の経済貿易協定調印以来、こうした会合は初めてではなく5月8日、米中経済対話の中国側リーダーを務める劉鶴副総理は、米国のライトハイザー通商代表部(USTR)代表、ムニューシン財務長官と電話会談を行い、マクロ経済や公衆衛生事業の協力強化や、今後の意思疎通の維持で同意したという。しかし、15日の会合は米国側の都合で延期となったが、20日に中国側の商務部は近日中の「通話実施」を米中双方が協議していることを明らかにした。以上のことから、米中双方は表面上の「舌戦」や単独の軍事行動に関わらず、水面下の協議を模索していると思われる。
(2)その劉鶴副総理(政治局委員)であるが、習近平の経済ブレーンとして地方視察に常時随行し、その特命を受けて商務部長や人民銀行総裁ら中国閣僚代表団を率いて訪米を敢行、第1段階の経済貿易協定調印を成功させたことは記憶に新しい。しかし、その実態は国務院副総理としては李克強総理の下、韓正、孫春蘭、胡春華に次ぐ末席の序列で齢68歳を重ねるベテラン閣僚にすぎない。また、兼務する業務も対米通商交渉責任者以外は、国務院の金融政策委員会主任や安全生産委員会主任だけである。経済政策策定、対米重要交渉を担うため、それだけ「フリーハンド」を許している側面もあろうが「本来業務」を疎かにしてはならないはずだ。ところが、北載河会議直前の7月31日、管轄外の劉副総理は「北斗3号」衛星システム開通式典を主宰し、最初に出席者紹介を行った(8月5日付拙稿参照)。習近平の紹介を行った際には名前と肩書を読み上げ、習の会釈と会場の拍手に間をとった劉鶴であったが、続く李克強の紹介では間髪入れず韓正らの紹介に移ったため、彼らの会釈の時間はなく気まずい空気が流れたという。これだけなら慣れない司会の不手際、緊張したベテラン閣僚のミスと思われるが同日、国務院安全生産委員会が全国安全生産テレビ電話会議を開催していた。同会議の前には安全生産員会の全体会議が開かれ、関連活動を研究したという。しかし、同委員会主任の劉鶴は担当会議を欠席し、副主任である王勇国務委員が重要講話を行い、趙克志公安部長(国務委員)が会議を主宰したとされ、劉副総理の身分不相応な動静が注目されよう。
(3)最後は習近平の重要指示である。8月6日に出された「十四五」第14次5か年計画策定に関する重要指示は、明年から始まる重要な経済社会発展計画に関するものであり時間的にも内容的にも納得のいく指示であった。しかし。11日に出された「飲食浪費」を戒める重要指示の内容には首を傾げざるをえなかった。習は「飲食浪費現象を目にしてハラハラし、心が痛む」と指摘し、「我が国は、毎年の食糧生産は豊作であるが、食糧安全保障はやはり常に危機意識を持つべきである」上に「本年、国際的な新型コロナウイルスがもたらした影響は我々に一層の警鐘を鳴らしている」とまで語った。そして今後、浪費を禁止する法律の制定や、飲食店への監督強化まで指示したのである。こうした指示が出るのは初めてではなく、かつて第1期習近平体制発足直後の2013年、腐敗撲滅活動の一環として「飲食浪費禁止令」が出ていたが今回の理由は何であろうか。例えば米中対立の結果、中国の食糧輸入が滞ることを予測した「食糧安保」への配慮というのはもっともらしい理由であろうが、これは米国以外へ輸入先をシフトすればいいだけの話であろう。また、この指示を口実に、腐敗汚職幹部を摘発するための新たな手段とする説は「中国版自粛警察」の横行とさえ思われ、今後の具体的な措置が注目される。
5 おわりに
8月17日、中国共産党の中央党校(校長:陳希組織部長)は蔡霞・元教授(女性)の言論が党内紀律に違反したことを理由に、彼女の党籍剥奪を行ったことを公表した。蔡霞氏は移住先の米国で中国共産党を「政治的なキョンシー(ゾンビか)」、習近平を「犯罪組織のボス」と痛烈に批判しており、18日までに英紙ガーディアンの取材に応じた蔡氏は、習近平への不満が党内で広がっているものの政治的な報復を恐れて声を上げられない状況だと訴えた(18日付共同通信)。習近平ら中国指導部は、こうした内部に溜まっていくフラストレーションを如何に解消するのであろうか。我々チャイナウオッチャーは、公式報道を丹念に集めて読み込み、中国の些細な変化を追究していくしかない。この点、8月に入ってからの「百家争鳴」欄に掲載された中山太郎氏の諸論稿から啓発を受けた。中山氏が不満を抱かれている「最近の
右寄りの発言」は、その論拠である対中理解や米国認識等で実態から乖離したものが多すぎると思う。第二次大戦後75年が経過しながら、「変われば変わるほど元のまま」日本の本質は少しも変わっていない気がする。
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