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2020-02-17 08:05
新型肺炎に関する中国の対応五論
松本 修
国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
1 はじめに
2月15日、拙稿「再論」で言及した3日の中国共産党中央政治局常務委員会会議における習近平総書記の基調演説の内容が公開され、冒頭で習総書記は「武漢で新型肺炎が発生後の1月7日、私は中央政治局常務委員会会議を主宰し、その防疫活動について要求を行った」ことが明らかになった。しかし、これは16日の遠藤誉氏の公開ブログの指摘どおり、新華社通信の報道は全人代や国務院等の活動報告聴取がメインであり、新型肺炎に関する言及は無く「事実捏造」の疑いがある。また、日本の一部報道では同会議で習近平ら指導部が、初期的対応で誤りを認めたとされたが、公開された演説では「全般的にみて党中央の情勢判断は正しく、各種活動の配置は適時で採用した措置も有効だった」となっており全く正反対の内容となっている。このようにみてくると、習総書記の肝いりで設置された「中央疫情対応工作指導小組」に黄坤明中央宣伝部長がメンバーとして入った理由が分かる。すなわち習近平ら指導部は、新型肺炎に対する衛生的な対応と同時に、従来の「宣伝戦」内外広報対策にも手を抜かず本腰を入れているのだ。そして中国は、また別の分野の活動にも重点を置き始めており、以下紹介したい。
2 「法律戦」政法活動に重点
2月14日、習近平総書記は中央全面深化改革委員会(主任:習近平兼務)を主宰して「今回の防疫活動で暴露された欠点と不足に対し、欠点を補い、漏れを塞ぎ、弱点は強化しなければならない」と強調し、①公共衛生の法治強化、②疾病の予防管理システム改革、③重大疫病の予防・救援システム改革、④医療保険・救助制度の健全化、⑤応急物資支援システムの健全化を打ち出した。要は、今回の新型肺炎の感染拡大という窮地を奇貨として、「全面的な改革の深化」を旗印に従来の「危機管理」体制の見直しと強化を指示したのである。そして、上記「五大改革」の中で重点は①公共衛生の法治強化である。具体的には、「伝染病予防法」や「野生動物保護法」等既存の法律改正を目指すと同時に、新たに「バイオ・セイフティ法」(原文:生物安全法)の迅速な制定を行うというものである。今後、動植物に由来する大規模な感染症や「バイオテロ」への対策も強化する狙いがあるのであろう。こうした動きに関連して前日の13日には、中央政法員会会議が開かれて郭声コン(王ヘンに昆 前公安部長)同委員会書記が「国家の政治的な安全と社会全体の安定を維持するための各種活動を着実かつ細密に行って定着させなければならない」と指摘し、全国の司法・公安関係従事者に発破をかけていた。こうした流れの一環であろうか、拙稿の「四論」で述べた13日の湖北省指導部をめぐる人事異動は、応勇湖北省党委員会書記も王忠林武漢市党委員会書記(前山東省済南市党委員会書記)も「政法」畑出身の党幹部だったことが確認されており、現場の衛生対策と同時に社会治安対策も重視する姿勢がうかがえる。
3 国務院応急管理部の異変
以上みてきたように習近平ら最高指導部レベルでは「危機管理」体制の見直しと強化が打ち出されているが、問題は現場で実施と徹底を図る行政部門の在り方である。2月2日の拙稿で指摘したように、大規模災害等への対応を目的として2018年に国務院(中央政府)に新設された「応急管理部」の対応が全く確認されていないのだ。しかし、習近平の北京視察が行われた10日、同部の党組織会議が開かれて黄明書記(副部長、前公安部副部長)が応急管理システム整備の強化を訴え「安全生産や防災・減災・救災、応急救援と同時に公共の安全に影響を与える問題点の萌芽と傾向にも目を向けなければならない」と指摘していた。同会議には北京にいる応急管理部党組織のメンバーがほぼ出席したが、肝心の王玉晋部長(同副書記)が不在であった。この「異変」に気付いて過去の応急管理部のHPを確認してみたところ、昨年11月29日の「中国の災害応急管理システムと対処能力の整備」をテーマにした党政治局集団学習会を受けて開かれた同部の党組織会議も黄明書記が主宰しており、王部長の姿は無かったことから考えて危機管理の「司令塔」を目指したはずの新機構は、新型肺炎の感染拡大という状況に対し一種の機能不全状態に陥ってたのではなかろうか。
4 軍の動向
2月14日、湖北省武漢市で人民解放軍の「前方指揮調整組」が、北京市の解放軍総医院の専門家を連れて火神山医院(3日開院)を訪れて共同回診を行った。軍の「前線」指揮組織が現場に出て来たのだが、あらためて軍が投入された1月末からの報道を確認したところ、この「調整組」のトップは中央軍事委員会の後勤保障部責任者(具体的な名称・役職不明)であった。そして、現場の「前方指揮」組織が存在するなら、恐らく首都・北京にある「中央指揮部」も設立されたはずだが「第一段階で軍事委員会機関、聯勤保障部隊、武装警察部隊、軍事科学院から成る突発公共衛生事件合同対処メカニズムが成立した」との報道が確認されただけで依然として軍要人の動き等は明らかでない。また、火神山医院に続いて開院した、収容能力の大きい「雷神山医院」の活動報道も未確認である。例えば投入された軍の医師や看護師等が院内感染したようなトラブルが発生したのだろうか、注目していく必要がある。
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