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2019-03-22 11:16
第2回米朝首脳会談‘決裂の効用’
倉西 雅子
政治学者
ベトナムの首都ハノイで開催された第2回米朝首脳会談は、事実上の‘決裂’によって幕切れとなったため、同会談を失敗とみる辛口の評価も見受けられます。その一方で、交渉の席に同席したジョン・ボルトン米大統領補佐官は逆の見方を示し、会談は成功であったと評価しております。物事の是非の評価は、その最終的な結果を見なければ下すことはできないのですが、首脳会談の決裂は、幾つかの意味において国際社会に効用をもたらすように思えます。
第1の効用は、コペルニクス的な転換とまではいかないまでも、‘合意=成功’というステレオタイプの評価に関する固定概念が崩れたことです。これまで国際社会では、問題解決の平和的な手段として‘話し合い’を絶対視する風潮が強く、信仰にも似た対話重視の姿勢が見られました。このため、現実的な目的の実現よりも‘合意’という表面的な形式が優先され、しばしば国益を損ねたり、法や正義を曲げるような‘悪しき妥協’や‘不条理な犠牲’も散見されたのです。現実の歴史を振り返れば、必ずしも‘合意=成功’とは限らないのは、「ミュンヘンの宥和」の事例を見ても明らかです。常識に立ち返る、並びに、解決手段の選択肢を広げると言う意味において、今般の決裂には効用が認められるのです。
関連して第2の効用として挙げられるのは、‘合意圧力’が低下する点です。‘合意圧力’とは、上述した‘合意=成功’の構図を背景に、一方の側が相手側に対して不合意を示唆することで譲歩を引き出すための交渉戦術です。‘合意=成功’の固定概念が崩壊すれば、自らの要求を呑まなければ‘席を蹴るぞ(合意できなくなるぞ)’という脅迫も同時に利かなくなります。心理的な‘合意圧力’が‘悪しき妥協’や‘不条理な犠牲’をもたらしてきたとしますと、これが消滅すれば、‘花をとって実を捨てる’、即ち、外交を舞台とした華々しい合意形成のために真の達成すべき目的が後回しにされるという本末転倒もなくなるのです。
以上に主要な二つの効用について述べてきましたが、今般、米朝首脳会談がご破算となったことで、アメリカは、軍事制裁オプションを含め、対北朝鮮政策において取り得る手段を増やすと共に、国際社会は、国際の平和に対する重大な脅威となってきた北朝鮮が、‘合意=成功’の構図の下で、一部であれ全面的であれ経済制裁が解除され、‘甘い汁を吸う’モラル・ハザードを避けることができました。悪しき合意は不合意よりも劣るのであり、この側面は、米朝間のみならず全ての交渉ごとにおいて言える普遍的な真理ともいえましょう。メディア等では、米朝会談が物分けれとなった今こそ、早速日本国政府が日朝首脳会談に踏み出し、米朝間の仲介役をも務めるべき、とする主張もないわけではありません。しかしながら、日本国政府が、両国の間に入って安易な妥協を働きかけるのでは、上述した‘決裂の効用’を台無しにしかねないリスクがあります。ロシアとの平和条約交渉も控え、日本国政府はむしろ、不合意によってもたらされるメリットにこそ関心を向けるべきではないかと思うのです。
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