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2017-12-25 17:37
トランプ政権の「国家安全保障戦略」と日本国憲法第9条
倉西 雅子
政治学者
2017年12月18日、アメリカのトランプ大統領は「国家安全保障戦略」を公表し、同政権による安全保障政策の基本方針を内外に示しました。さながら“トランプ・ドクトリン”となるのですが、その基調となるのが「力による平和」です。同戦略では、とりわけ中国とロシアに対する警戒感を露わとしており、「力による平和」とは、これらの諸国の覇権主義的な行動に対する強い牽制を含意しています。このため、早、中ロからの反発が報じられていますが、「力による平和」は、日本国においても憲法改正に関わる重大な問題を提起しております。何故ならば、憲法第9条、否、日本国憲法とは、その前文に謳われているように、「力による平和」とは正反対の「力なき平和」を前提としているからです。護憲論者からしますと、トランプ政権の基本方針は、その前提を打ち砕く反平和的な危険極まりない方針に映ることでしょう。
しかしながら、人類史が明らかにしているのは、究極的には、力を以ってしか暴力を押さえることはできないという、厳粛なる事実です。この厳しい現実は、仮に、犯罪組織が政府よりも強力な武器を備えた場合を想像してみればよく理解できます。メキシコでは、既にこの状態が発生しており、麻薬密売組織がメキシコ政府を凌ぐ武力を保持するに至ったため、同国の治安は著しく乱れ、一般の国民は、常に犯罪組織に怯える生活を余儀なくされています。麻薬密売組織が急速に勢力を拡大させたフィリピンもまた、メキシコ化の危機にあると言えましょう。何れにしても、犯罪組織の武力が政府のそれを上回る場合には、同組織による加害行為を止めることは極めて困難となるのです。そして、犯罪組織にとっては、一方的な脅迫や殺傷を可能とする武力こそが“生業”を守り、法を排除する手段なのですから、話し合いや交渉によって放棄するはずもないのです。
国際社会にあっても、国際法を無視し、他国の主権、領域、国民を一方的に侵害する国は、上記の犯罪組織と変わりはありません。そして、こうした無法国家が、高みから他の諸国に対し軍事力を以って睥睨し、実際にその抜きん出た軍事力を行使するに至れば、全ての諸国の運命は風前の灯となります。“力”という言葉は、利己的な目的で他者に対して害を与える暴力と、その暴力を押さえるための正義の力、防御の力とを区別する必要があります。非暴力・無抵抗主義は、高邁な理想ではありますが、両者の違いを認識せず、暴力に対抗する抑止的軍事力や警察力までをも一緒くたに放棄するとなりますと、暴力を是とする犯罪組織に、国家の、そして人類の運命をも掌握されてしまうこととなりましょう。実際に、非暴力・無抵抗主義を是としたチベットは、今なおも暴力主義国家の頸木に繋がれております。
トランプ政権が示した「力による平和」という基本方針は、それがアメリカ・ファーストの意味であれ、日本国に対しても、「力なき平和」を求める憲法第9条に潜む本質的な問題をも問うております。日本国は、改憲案の策定に際しては二つの力を峻別し、国際法と合致する自国の行動規範のみならず、他国の暴力主義への対抗をも十分に考慮すべきと思うのです。
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