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2017-08-15 21:00
只野真葛に寄せて
池尾 愛子
早稲田大学教授
本e-論壇(2016年6月26-27日、10月10日)で紹介した『女性の経済学・経済思想の歴史』についての国際プロジェクトが佳境に入っている。江戸時代について調べると、只野真葛(1763-1825)が浮かび上がってきた。1817年に論文『独考』(「ひとりかんがへ」ともよまれる)を書き、経済的論説(貿易、物の値段の変化、築城の入札、「金銀・金銭を巡る争い」等)、徳川幕府の鎖国政策と階級政策に対する批判を含めていた。すぐに公刊されることはなかったが、劇作家の滝沢馬琴による『独考』批判が写本の流通ネットワークに乗ったことから、真葛の議論(特に当時の政策批判)が世に知られるようになった。
真葛には、父の工藤平助(1734-1800)の影響が大きい。平助は仙台藩伊達家の江戸屋敷に仕えた医師で、真葛は江戸で生まれの江戸育ちである。工藤家には『解体新書』など西洋医学書があり、様々な情報通(長崎のオランダ通詞、松前からの訪問者を含む)が集っていた。彼女は書斎の書物を読むほか、女性の位置づけがない儒学については、弟から入門的解説を受けていた。真葛は再婚して仙台に引っ越し、夫と先妻の子供を「良妻」として育て上げた後、思索と執筆の日々を送る。女性は当然、儒学を礎とする学問世界には入れない。しかし、儒学の影響なしで、経済的論説を展開することはできた。ちなみに、「良妻」の観念は儒学文献にあるようで、明治期に登場した「良妻賢母」は和製観念といえそうである。
真葛は既にかなりの数の女性研究者たちから注目されている。ベティーナ・岡-グラムリッヒや関民子による読みやすい評伝が出版されたのは21世紀になってからである。1994年に鈴木よね子校訂の『只野真葛集』が出版され、それ以前の研究文献とともに紹介されたことが大きいようだ。加えて21世紀になると、デジタルカメラが普及して、古い資料を傷めずに撮影できるようになり、また、テキストのデジタル化が進められてアクセスが容易になり、古典研究が加速度的に進んできたようである。
当時知られていた文献では、太宰春台(1680-1747)の『経済録』(1729) 等での議論が近いようで、春台は国家経営、経世済民、国内資源の利用(土地・人材・技能活用)を唱え、松前藩、薩摩藩、対馬藩の対外貿易にも注目していた。春台は多くの儒学・中国文献を読破し、幕府の政策に通じ、経済情報を収集し経済を観察していた。興味深いことに彼は、中国儒学者の議論と、日本語による議論を峻別していた。『経済録』は陰陽論など中国文献の影響を取り除いて、キリスト教の要素を加えれば、西欧経済文献に入ることであろう。キリスト教がなくても、経済学が展開し始めていたことを理解してほしいと願う次第である。
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