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2012-03-13 05:33
中国への国防費透明化要求はあまり意味がない
高峰 康修
日本国際フォーラム 客員主任研究員
中国の国防費は、1989年以来、2010年を除いて毎年2ケタの伸びを続け、2012年の国防予算は、前年比11.2%増の6702億7400万元(約8.7兆円)に達することとなった。これはまた、胡錦涛政権下の10年で、中国の国防費が約4倍になったことを意味する。3月4日に2012年の中国の国防予算を発表した李肇星報道官は、「国家主権の発展の利益を守り、中国の特色ある軍事改革の需要に適合するため、国防費の合理的で適度な増加を維持している」と述べるとともに、中国の国防力も外交力も平和を維持することが目的である旨を強調した。中国の国防費は、公表額の1.5倍~3倍程度であろうというのが、専門家の間での常識となっている。例えば、米国防総省が昨年公表した報告書は、中国の2010年の国防費を1600億ドル(約13兆円)以上と推計している。そこで、中国の国防費は不透明であるという話が出てくるのだが、実は、中国に国防費の透明化を求めることには、あまり意味がない。
確かに、米国政府はしばしば中国の国防費の透明化を要求しているし、我が国の政府もそうである。しかし、こうした要求は、「中国の軍拡に懸念を有している」ということの表明にすぎない。いわば、外交用語である。およそあり得ない仮定の話だが、中国が公表している国防費と西側の推計がおおむね一致したならば、「中国の国防費の透明化が達成された」として、それで諒とするかといえば、もちろんそんなことはあり得ない。そもそも中国が国防費を過小に公表していても、実際の額はその1.5~3倍であると見当がついているのだから、大して困らない。
しばしば、脅威は意図と能力の積であると言われるが、意図も能力も、中国の行動や戦略から大体分かる。そして、その両者では、意図がより重要である。中国は、チベット、台湾、南シナ海を「核心的利益」と呼び、海洋への進出圧力を高めている。1月には人民日報が尖閣諸島をも核心的利益と呼んだと伝えられる。そして、実際の軍事的能力に直ちに結びついているとは必ずしも言い切れないものの、空母建造に代表されるように海軍力を増強し、J20ステルス戦闘機の開発を熱心に進め、対艦弾道ミサイルの開発に余念がない。また、宇宙空間やサイバー空間における米国に対する優位を追求している。東シナ海、南シナ海を実効支配して「中国の湖」と化するとともに、台湾・東シナ海・南シナ海で有事が起こった場合に、米軍の来援・接近を阻止する強い意図は、明白である。国防費の増額にしても、物価上昇率を差し引いてなお2ケタの伸びを示すようになったのは、1997年以降である。1996年に台湾の総統選に介入しようとしてミサイル発射を行ったところ、米第7艦隊が台湾海峡に空母を急派して阻止された。これを受けて中国の軍拡が加速したのだから、やはり意図は明確である。アジア太平洋地域に覇権を称えるということである。
ただ、国防費の透明化要求が無意味であるのは、上述のような事情だけが理由ではない。国防費の透明化が真の意味を持つのは、双方が軍縮を目指すことで合意し、その第一歩として相互に国防費や装備をオープンにし、軍縮交渉を続けていくという場面である。ちょうど冷戦期の米ソがそうであった。しかし、現在の中国にはそういう意図は微塵もみられず、軍縮交渉に誘うことなど全く現実的ではない。それゆえ、対中戦略の基本は、何を措いても抑止である。米国のアジアへの軸足転換(pivot)は、予算的裏付けに乏しい憾みはあるものの、対中抑止戦略に他ならず、豪州やASEAN諸国の軍拡も同じことである。周辺国で、一国だけ10年連続で防衛費を減額させている日本が如何に異常であるかよく分かる。防衛力の質的及び量的向上、日米同盟、地域の「同盟網」の強化こそが必須である。このまま放置するようでは、我が国は、中国の国防費の不透明性を指摘するという「言葉のゲーム」にすら参加する資格を欠くと言っても過言ではない。また、予期せぬ偶発的事態を防ぐために、日中の防衛当局の間でハイレベルな意思疎通を図ることが、いずれ必要となるはずだが、それも、我が国の適切な防衛力整備が先である。
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