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2011-11-30 18:33
グローバル化・統合と主権国家の復活
袴田 茂樹
青山学院大学教授
今やグローバル化や統合の時代で、国民国家とか国家主権、国境や領土という概念は博物館行きだ、という幻想がほんの2、3年前まで大手を振って徘徊していた。戦争や国家間の紛争はもはや過去のもの、金融面でも世界は一つの市場になったではないか、と。欧州共同体(EU)はあたかも人類社会の新たな目標であるかのごとくもてはやされた。しかし現在国際社会でわれわれが目にしているのは、まさに「国家が舞台の中央に戻った」(ポール・ケネディ)という現実だ。ただ、わが国には、政府の外交関係者や国際問題専門家のなかにも、国家主権の問題に関して、依然として「主権は過去のもの」といった信念を有している者が少なくない。
2008年のリーマンショック以来の世界の金融・経済危機を救ったのは、各国政府つまり国家であった。主権国家はすでに過去のものとなったとして、常に例に出されたのは欧州統合であった。しかし今日では、ギリシャ財政危機に端を発した「ユーロの危機」の中で、欧州統合そのものの妥当性が根本から問われている。欧州では中途半端に国家主権を否定しながら、共通通貨ユーロを守る「欧州国家」が存在しないという事実に、人々はようやく気づき、愕然としているのだ。つまり、グローバル化という高波の防波堤となるのは主権国家であり、EUという中途半端な超国家ではない、ということにやっと気づいたのである。ユーロ創設を最も強力に推進したドイツの首脳が、次のような反省の念を述べているのが印象的である。
「ユーロ圏は国家ではなく脆い構造物にすぎず、世界の通貨の中でユーロだけが、それを強固に守る国家基盤を持っていない。問題は共通の欧州政府をつくらなかったことで、現在の欧州の経済危機はそこを直撃している。ユーロ創設時は財政赤字やインフレに上限を課した諸規定で十分だと考えられた。だがそれは幻想で、政治力による支えが必要だった」(ヨシュカ・フィッシャー:ドイツ元外相兼副首相)(朝日新聞2011.11.12)。ギリシャに次いで、スペイン、アイルランド、イタリアその他各国の経済、政治危機はますます深まっており、欧州は深刻な混乱に陥っている。この状況が示していることは、欧州では国家主権が縮小して共通利害が一般化するのではなく、逆に主権国家が前面に出て冷戦時代よりもナショナルな要素がむしろ強まっている、ということだ。統合やグローバル化は皮肉にも、各国の自国利益追求にいっそう拍車をかけることになってしまった。こうして欧州では統合への不信が各国で強まっている。EU加盟27か国の世論調査では、「EUを信頼しない」が平均47%、「EUを信頼する」が41%である。ギリシャでは7割近く、統合の機関車となったドイツやフランスでも国民の5割以上がEUを信頼していない(読売新聞2011.11.10)
東アジアにおいても、中国、ロシア、南北朝鮮などがしばしば強烈な形で主権の主張を強めており、これとの関連で東シナ海、南シナ海、東南アジアなどで様々な問題や紛争が生じていることは、もはや指摘する必要もないだろう。領土問題などは、冷戦時代の遺産という見方もあるが、実際には冷戦後かえって広がり、先鋭化している。冷戦終了後、分断世界が一つの調和世界になるという幻想は崩れた。2大陣営のバランスが崩れた後、それに代わる新しい安定は生まれていない。欧州統合のユーフォリアも過去のものとなった。冷戦構造が崩れたあと、国際社会は予測可能性がなくなって混沌としてきた。地域紛争や民族紛争は強まり、各国の自己主張はかえって強まって、世界は一種の無政府状態に陥っている。
この状況になっても、わが国では依然として「主権国家は過去のもの」あるいは「主権に拘るのは古い発想」といった考えが横行している。外務省の某高官は、「人間の安全保障」との関連で、「冷戦後は主権の絶対性が相対化した。主権を主張しすぎると理念の共有を阻害し、国際協調が成立しない」と述べて、私を驚かせた。「国際協調は互いに相手の主権を尊重する所から始まる」と私は信じているからだ。また、ある国際問題の専門家は、「中国やロシアはまだ近代(モダン)主義の国家なので主権を主張するが、日本はすでに脱近代(ポスト・モダン)の国家なので、対外政策では主権を正面に出すべきではない」と述べて、やはり私を驚かせた。わが国の別の中国問題の専門家は、主権問題をまったく無視して「東アジア共同体」を肯定的に論じている。最近彼は、中国代表も参加した国際会議で「尖閣諸島の共同主権」を提案して、中国側を大いに喜ばせ、日本の関係者を慌てさせた。ここに挙げた専門家は、それぞれ視野も広く、個人的には尊敬している人々である。しかし彼らの主権に関する見解は、とうてい納得できない。国際問題の専門家でさえ、こうである。今の政府の閣僚や国会議員で、国際社会における国家や主権の問題をリアルに理解している者がはたしてどれだけいるのだろうか。この問題こそが、外交や安全保障のイロハなのだが…。
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