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2009-12-26 00:26
政府の審議会と官僚の役割
池尾 愛子
早稲田大学教授
日本では、今年2009年9月に政治主導を唱える新政権が誕生してから、しばらくの間、政府の審議会が全面的にストップしていた。審議会で政策が議論されれば、官僚主導となり、官僚の果たす役割が余りに大きくなりすぎるのではないか、という危惧があったようである。しかし、根拠がはっきりしない。「日本国際フォーラム」政策掲示板『百家斉放』に「日韓の経済学とマクロ計量モデルの普及」(2007年2月4日)と題して書いたように、私は1995-99年にかけて、日本の経済学について統計データを利用した国際比較研究を組織した。その際「経済学者と経済政策」も研究テーマに入れ、政策形成過程や審議会の役割について、行政学や政治学の分野での優れた研究に注目した。
例えば、少し古くなるが、村松岐夫氏の『戦後日本の官僚制』(1981)がある。彼は、審議会の果たす役割について、最も重要であるものを4つの選択肢の中から一つ選んでもらうというアンケート調査をおこない、55人の上位官僚、195人の中堅官僚、50人の自民党議員、51人の野党議員から回答を得て結果をまとめた。全体で最も多く選択されたのが、「政策や行政決定がより公正になる」と「社会の利害や対立の調整」で、それぞれ約30%ずつであった。上位官僚と自民党議員の集合ではいずれも「政策の公正化」が第1位で、中堅官僚の集合では「利害の調整」が第1位であった。全体の第3位は「専門的意見や新しいアイディアを得る」で、約25%を占めた。第4位は「行政の決定に権威を与える」であった。野党議員だけの集合では、第1位が「専門的意見を得る」、第2位が「権威づけ」、第3位が「政策の公正化」であったが、いずれも22-27%の間にとどまった。審議会によって期待される役割も異なるであろうが、上記の4つの項目の重要性には変わりはないであろう。
拙編『日本の経済学と経済学者』(1999、英語版2000)では、経済審議会の役割に焦点をおき、1990年代までの経済計画(経済見通し)の策定や政策の形成・立案過程において、審議会等を通して重層的な議論が行われていたことを論じた。さらに、このような経済計画策定手続きがヨーロッパでも行われていたことに注目した。オランダのティンバーゲン(第1回ノーベル経済学賞受賞者)は1964年に、計画を作る際には「外部とかなり多く接触することが望ましい」として、2つの理由をあげていた。「第一に、経済活動とその要素に関する詳細な資料をえるためには、多くの外部の専門家――これらの要素を取り扱っている実務家をふくめて――にきく方がよい。第二に、外部との接触によって、各所の段階で経済を運営しているひとびとと意見を交換することができ、したがって民主主義のある種の特色を導入することができる。…この民主主義の要素は、そのほかにも、計画を国会に承認させたり、実行させたりする場合に役立つであろう」と。また、パリに本部をおく経済協力開発機構(OECD)の『日本の社会科学政策』(1977)の第4章「社会科学研究の利用と政策決定への影響」においても、日本の「審議会は、社会科学者が政策決定に関与する場として、最も重要なものとして考えられている」と注目された。
振り返れば、日本において各種の審議会が設置され始めたとき、行政民主化という目的があったことは想起すべきであろう。審議会の設置は、終戦後経済の統制の要であった経済安定本部の機能が徐々に弱められていくのと歩調を合わせ、通商産業省(経済産業省の前身)の発足時に開始された。経済再建や産業合理化が課題となり、資材統制の大幅緩和、価格統制の撤廃、資産再評価の実施、法人税の軽減、通信運輸の改善などが具体的な議題となったため、専門知識やテクニックが必要とされたのであった。政府外部の専門家たちが審議会での議論に参加するメリットは、専門知識が提供されると同時に、政策形成過程の透明化・民主化にも寄与することになる。これは現在も変わらないはずである。
ところで、欧州連合(EU)では、次期欧州委員会委員(EU「閣僚」)の候補者が出揃ったところである。現在の「閣僚」たちの経歴を見ると、各国での官僚・高官の経験者であることがわかる(EU広報誌『ヨーロッパ』2004年秋号)。また、本政策掲示板に「EU官僚に学び、東アジア官僚の誕生を期待する」(2007年4月25日)と題して、EUを引退したばかりのローレンス・ファン・ドゥポール氏や、駐日欧州委員会(現、駐日欧州連合)代表部大使のヒュー・リチャードソン氏の経歴を紹介した。彼らは若いときからEUの前身機関で働き始め、EU官僚であると同時にヨーロッパ全体のことを優先的に考えて献身的に活動する公僕(public servant)だったのである。「東アジア共同体」実現に向けての条件は種々あるが、出身国籍を超えて東アジアのために献身的に活躍する「東アジア官僚」の誕生もその一つである。さらに「東アジア共同体」構築という目標に向けて、地域のための諸制度を作るとともに、各国国内の諸制度も地域制度に合わせて調整していくことが必要であり、そのためには政策調整・制度調整の専門家たちの活躍が必要なのである。1945年以降の歴史を直ぐに日中で共有することが困難であるとしても、日本国内での政策形成の歴史は国内ですぐにでも共有されるべきではないかと思う。
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