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2008-08-06 00:00
朝鮮半島関与に求められる確かな現実感覚
小笠原高雪
山梨学院大学教授
2年ほど前の冬、私は本務校の学生有志を連れて韓国を旅行した。旅行の眼目の一つは、板門店の訪問だったが、そのとき朝鮮国連軍への参加国の国旗を並べ、それら諸国への謝意を述べた掲示の前で、学生の一人が発した言葉は、いまも耳の中に残っている。その学生は、全くの無邪気さから、周囲も憚らぬ大きな声で、こう言ったのである。「先生、どうしてここに、日の丸の旗がないのですか?」断っておくが、朝鮮戦争をめぐる国際関係史については、私も授業の中でそれなりの時間をあてて説明しており、開戦当時の日本がひきつづき占領下にあったことにも当然ながら言及している。したがって、この学生は、授業をサボっていたか、極度の健忘症にかかっていたか、いずれかに相違なく、したがって私は大いに落胆したし、恥ずかしい気持にも襲われた。
しかし改めて考えてみると、この学生の発言は、大いなる間違いであったと同時に、本質的な何かに触れるものでもあったように思われる。朝鮮半島は日本と至近の距離にあり、朝鮮半島の平和は日本の平和と不可分である。そのような角度からみるならば、朝鮮半島に戦争が起こり、20を超える諸国が介入していたときに、日本が無関係であったはずはない、と考えるのも、全くの見当外れであるとは言い切れない。事実、当時の日本は、朝鮮戦争と無関係であったどころか、実質的には国連軍の後方基地として機能した。こうして北朝鮮軍の南下の阻止に米国が動き出したという事実こそは、朝鮮戦争に対する積極的な関与を日本が回避しえた最大の理由であったといえる。そして、朝鮮半島の平和の維持に米軍が責任を持ち、それを後方基地としての日本が支持する構図は、日米安保体制によって制度化された。
朝鮮戦争当時の日本は、後方基地として機能していただけではない。海上保安庁の掃海隊も連合軍の命令により出動し、殉職者をも出している。それは周知の事実であったが、このほど公開された防衛省の保管文書によって、詳細が明らかになったという。朝鮮半島有事における日本の後方支援は、日米安保体制に含まれなかったが、1997年に締結された日米防衛協力指針のなかで、制限つきで明文化された。殉職者には心からの哀悼の意を表したいし、占領下とはいえ不明確な法的根拠のもとに出動を命じられた方々の複雑な思いは理解できる。しかし、掃海隊の派遣を「憲法との整合性」という角度からのみ捉え、「危険な仕事の是非」のみを論ずることは、あまりに現実感覚を欠いた態度といえよう。朝鮮半島への日本の関わり方は、今後も十分に洗練されたものであるべきであるが、それは確かな現実感覚に裏打ちされたものでなければならない。
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