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2008-08-05 00:00
麻生「民主党ナチス」発言の虚実
杉浦正章
政治評論家
ドイツの作家トーマスマンは名作「マリオと魔術師」のなかで、大衆催眠術の危険を指摘している。催眠術師チポルッラとその被験者の状態を描写したものだが、ナチス・ドイツとヒトラーの台頭を予感した小説とされている。果たして自民党幹事長・麻生太郎の「ナチス発言」が、いまの民主党にマッチするだろうか。麻生発言は「民主党も政権を取るつもりがあるのか。しっかりしてもらわないと(いけない)」と、同党を批判した上で、「歴史を見れば政権与党から民心が離れた結果、ナチスのような政党が政権を取った例もある」、「ナチス・ドイツも1回(政権運営を)やらせろと言って、ああなったこともある」などと述べたというものだ。明らかに民主党をナチスと言わんばかりの発言だが、欧米では政治家が他党をナチスに似ているというような発言をすれば大問題になり、政治生命を失いかねない。いかにも“軽い”麻生らしい舌禍事件だ。
しかし、純粋政治論としてみた場合、ナチスと民主党に共通点はあるだろうか。一点だけある。それは一般大衆を狙った徹底的なポピュリズムの政治である。当時ドイツは、1320億マルクという莫大(ばくだい)な第一次大戦の賠償金、世界恐慌などが重なり、国民は困窮を極め、外からも内からも共産主義が台頭、国政は混乱の極みにあった。そこを突いたナチスとヒトラーは、ゲルマン民族は人間の中で最も優秀という優性保護思想のもとに、徹底した民衆迎合型施策を次々に打ち出した。財源などは事実上無視し、ついに他国の侵略によって賄えばよい、というところにまで行き着いた。一方で、800兆円もの財政赤字を抱え、景気の悪化、物価の高騰、社会福祉の混乱、政治家・官僚のマンネリ化と堕落、犯罪多発など、社会的混乱の極みにある日本の状況は、当時のドイツと少し似ていないともいえない。
この不満がうっ積する中で、民主党は「総額30兆円」(与謝野馨)にも達するという政策を、財源は「節約」で賄おうとしている。先の国会でもガソリン税廃止で消える2兆5千億の財源を「節約と、天下りをなくして捻出する」と言ってはばからなかった。まさに大衆迎合型ポピュリズムの政治である。代表代行・菅直人は「民主党政権は国のかたちを根本から変える革命政権だ。2、3年は埋蔵金だろうが何だろうが一時的に使えるものは全部使い、徹底的に改革する中で必要な財源を取っていく」と述べているが、革命政権だから何をやっても良いと言う思想はナチスに似ている、と言われても仕方がないのではないか。大衆は責任政党としての立場よりも、目先の政策に踊らされる傾向がある。「マリオと魔術師」はそこに見事な大衆催眠術をかけるのがテーマとなっている。
後期高齢者医療制度にしても、「廃止法案」は確かに大衆を催眠状態にするが、大衆は廃止した後の財源などが無視されていることに気づかない。ポピュリズムの政治の前には、深い落とし穴があるのだ。もっとも民主党にヒトラーはいない。ヒトラーの弁舌は興奮するにつれて冴え、聴衆を引き込む。プロパガンダの才能の持ち主であり、大衆催眠術の天才であった。代表・小沢一郎にその才能があるかというと、逆だ。本会議場で催眠する傾向はあるが、大衆扇動型政治家とはほど遠い。要するに麻生の指摘するように民主党の政策には大衆催眠術的なポピュリズムの傾向があり、日本の政治にとって危険な兆候ではあるが、ナチスほどの「実行者」はいないのである。
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