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2008-06-07 00:00
石破防衛相の文官・制服一体化論の背景にあるもの
伊奈久喜
新聞記者
6月2日から4日まで、東京で英国国際戦略問題研究所(IISS)の50周年を記念する会議が日本国際問題研究所との共催で開かれた。外務省、防衛省が協力し、初日は高村外相、2日目は石破防衛相主催の夕食会も開かれ、二人がそれぞれ演説した。石破防衛相の演説は、その少し前にシンガポールで開いたシャングリラ・ダイヤローグとの重複を避けたのだろう、防衛省改革を中心にした石破節だった。
それによれば、石破氏が目指すのは、内局の文官と制服を車の両輪にするのではなく、一体化するのだという。車の両輪ならば、両者の関係は安定するが、一体化すれば一輪車になり、不安定になる。妙な例え話だなと思った。同じ鳥取県出身の片山善博前知事が現役時代、日本記者クラブでの会見で、県庁と県議会との関係を車の両輪に例えたことがある。これは協力関係という一般的な意味ではなく、つかず離れず、つまり不即不離の関係にある、との含意と自身が説明した。石破氏の一体化論は、不即不離の緊張感をなくしてしまう懸念があると思っていたら、防衛省幹部に聞くと、別の解説があった。防衛省内局の解釈では、内局官僚と制服自衛官との関係は車の両輪であってはならない、とずっと教え込まれてきたのだという。
車の両輪であれば、両者(両車)の関係は対等である。しかし彼らによれば、そうではない。両者の関係は上下関係なのだという。つまり制服は政治家たる防衛相の下にあり、防衛相のスタッフとして内局官僚がいるのだから、内局官僚の立場は制服の上にある。よって車の両輪論は認められない、となる。石破氏の防衛省改革構想には様々な批判がある。しかし内局官僚のこの意識に直面すれば、過激な一体化論をいいたくなるのもわかる気がしてきた。
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