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2025-04-01 00:00
今、求められる日本外交の強み:WPS採択から25年を迎えて
高畑 洋平
日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学SFC研究所上席所員
2000年10月、国連安全保障理事会において、国際紛争の予防・解決・平和構築・平和維持のあらゆるレベルの意思決定における女性の平等な参加を促す「女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security:WPS)に関する国連安保理決議第1325号」(以後、「WPS決議」)が全会一致で採択されてから、およそ四半世紀が過ぎた。この間に国際社会は広く「WPS決議」を受け入れ、国連の場において、その後関連する9本の安保理決議が採択されたほか、国際機関や学術機関、さらにはNGO、市民団体などに至るまでWPS精神が受け継がれ、同決議の一層の実現に向けた取り組みが加速している。
こうしたなか、日本では2015年9月の国連総会一般教書演説において、安倍晋三首相(肩書当時)が行動計画を策定した旨を表明してから、2019年に第2次行動計画、そして2023年には第3次行動計画がそれぞれ策定され、紛争関連の事態をはじめ、自然災害・気候変動への対応、さらにはWPS普及に向けた人材育成も盛り込まれるなど先駆的に取り組んでいる。また、2023年に約20年ぶりの女性の外務大臣になった上川陽子大臣(肩書当時)も、大臣就任以前から「WPSの推進」に力を入れ、国内外に向けてその重要性を訴えてきたのは、周知のとおりである。
「WPS決議」が安保理史上、最も有名な決議の一つとされる最大の理由は、「女性を従来の『保護』対象であることに加えて、あらゆるレベルの意思決定において『積極的主体者』たる『参画』」が期待されたことにある。これは世界的にみても重要な国際原則であった。なぜなら、19世紀頃までのグローバルな国家安全保障体制の根本にあったのは、男性支配構造とも称される「家父長制」であり、様々なレベルの意思決定において、その政策決定プロセスの大部分を男性が独占する状況が世界各地で続いた。言うまでもなく、当時の国際社会は、力と力がぶつかり合うパワー・ポリティクスの場であり、そこで必要とされたのは、力や武力、あるいは政治権力など「男性的な価値観」であった。「男が主で女は従」といった「男女役割分担構造」は、特に男性優位の分野、とりわけ外交・安全保障分野において、女性の権力への社会的アクセスを抑圧し、男性優位の社会が成り立つ強迫力の源泉になっていた。
こうした状況から、紛争影響下におけるジェンダー差別も深刻化していき、「女性」という理由だけで、命を狙われる、あるいは差別を受ける危険性が高まった。そして現在も、こうした紛争影響下におけるジェンダーに基づく暴力(Gender-Based Violence)は、依然として解消されていない。例えば、2022年2月に始まったウクライナ戦争では、ロシア軍兵士による性暴力を受けた女性の被害が相次いで報告されているほか、ウクライナ本土では5万人以上の女性が従軍しているとの報道もある。さらには、ロシアによる侵攻でウクライナの教育現場では、男性が戦場へ赴いている空白の状況下において、ロシア側による強制的な「(ウクライナ人への)親ロシア化教育」が行われるなど、深刻な状況が続いている。
このような状況に対し、国際社会は手をこまねいていたわけではない。平和研究の分野では、1960年代頃から、女性の価値観やジェンダーの視点を重視することによる平和・安全保障のあり方の探求に加えて、国際関係の分野でも、何世紀にもわたって捨象されてきたフェミニストの視点が徐々に組み込まれ、ジェンダー視点に基づく安全保障の再定義が試みられるようになった。こうした女性の視点を加えた新視点の動きは、従来の「国家中心の安全保障」から、人間を中心に置いた「人間の安全保障」へとパラダイムシフトを起こし、さらにはフェミニストらによって権力やパワーの再解釈の試みの歴史を積み重ねてきたからこそ、冒頭の「WPS決議」成立への系譜に至った。当初こそ人権規範として国連で採択された「WPS決議」だったが、その後、紛争予防・PKO平和構築活動などの危機対応の分野に加えて、自然災害・気候変動、さらには偽情報を含む影響工作対策などまで適用され、ジェンダー主流化という、大きな国際的潮流になったのは自然な流れであった。
しかしながら、今日、我々が注意すべきは、「WPS決議」が普遍的概念として、過去、現在、未来とそのまま万人に適用できるわけではないことである。そもそもジェンダーの問題は、各アクターが、その土地の歴史や文化、さらには社会的な諸要件などが複合的に絡み合った上で成り立っており、その土地の歴史や伝統、習慣を無視したまま、画一的なルールや対策を整備するだけでは真の意味での「Women, Peace and Security」にはならない。まして複雑化する今日においては、いずれのジェンダーにも属さない「狭間」ともいうべき、セクシュアルマイノリティ、すなわち性的マイノリティである「LGBTQIA+」の人々の存在も無視できない。
今日、日本外交を読み解くキーワードとして「WPS」に注目が集まっている。日本は「WPS決議」が採択されて以降、3次にわたって「行動計画」を策定し、決議履行のため積極的な措置を実施してきたのは周知のとおりである。また、1990年代半ばに登場した、人間一人一人の安全に注目した「人間の安全保障」概念についても、1998年に小渕恵三首相(肩書当時)が同概念の導入に積極的なこともあり日本で主流化した。そしてその流れは1999年の「人間の安全保障基金」設置、さらには「人間の安全保障委員会」や政府開発援助大綱(ODA大綱)の改定など、日本は様々な形で国際社会に対して積極的に関与してきた。これこそまさに日本らしい手法によって、国際社会における日本のブランドを高める先見的な手腕であったといえよう。
世界銀行によれば、ジェンダー不平等による経済的損失はおよそ160兆ドルにまで達し、これは世界のGDPの2倍に相当するそうだ。また、少子高齢化が進むアジアでは、女性の積極的な社会参加が社会のレジリエンスを高めると期待が高まるなど、今日、ジェンダーの視点から各種対策を見直すことの重要性はきわめて高い。ただし、「ジェンダーの主流化」について、日本は諸外国に比べて遅れている側面ある。例えば「夫婦同氏制度」や世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数2024」における「118位」という立ち位置はその証左といえよう。確かに、ここだけ切り取ると日本はジェンダーギャップがない国とは言い切れないが、その一方で、既述のとおり、日本は WPS を日本の主要外交政策の一つとして積極的に推進していることもまた事実である。今後、いかにして男女間の格差を解消していくべきか、WPSの包摂的な考え方を日本が主体的に内外に向けて発信する意義はきわめて大きい。
また、今日においては、国際社会全体が取り組むべき大義として、持続可能な開発目標(SDGs)の実現も掲げられているが、「人間の安全保障」との親和性も高い。こうした歴史や実績を有する日本こそ、ジェンダーの視座から国際関係を考え、平和な未来構築に向けた主体的外交を展開できると確信している。そのためには、先達が切り拓いたジェンダー平等の精神を受け継ぐとともに、世界の動向を踏まえた上で、WPS分野における日本の強みを生かした新たな外交指針を世界に示すことが重要である。
強調するまでもなく、「WPS決議」はこれまで重要視されてこなかった「女性の視点」に焦点を当てることで、安全保障分野における議論を広げ、もって国際の平和と安全の維持・発展に貢献してきた。とりわけ今年は「WPS決議」が採択されてから25周年の節目を迎えるほか、本年開催予定の女性・平和・安全保障(WPS)フォーカルポイント・ネットワークにおいて、日本はノルウェーと共同議長国を務める。本ネットワークには、各国政府以外にも、NATO、OSCE、AU、ASEANといった地域機構も参加するなど、国際社会が注目する政治イベントである。メモリアルイヤーに日本が議長としてWPSを主導し、次なるWPSの将来像を示すことは、日本の歴史的使命でもあろう。
世界の様々な国や地域で、いまだ信じられないほど多くの戦争や紛争が起きている。これら戦争や紛争は暴力や殺傷以外にも、紛争時の性暴力をはじめ、難民の発生や食糧不足、貧困など多くの問題を引き起こし、人々の平和な生活を奪っている。現に、アフリカ諸国など紛争が多発している地域では、女性や子供が虐待や暴力といった標的の対象となっているほか、4年目を迎えるウクライナ戦争においても、ロシア軍兵士による女性の性被害などが相次いで報告されている。国際社会が「WPS決議」を掲げ25年が経過したにも関わらず、今もなおその犠牲者として生きる女性や子どもたちがいる。こうした現実を我々はどう考えるべきなのだろうか。
WPSの基礎となるジェンダー平等の確保のためには、まずもって多様なステークホルダーとの連携・協力の枠組みが不可欠である。各国政府間での国際連携を筆頭に、国際機関、地域機構、学術機関、NGO その他の非政府主体などを巻き込みながら、各種対応策を検討していく必要がある。日本外交の強みは何といっても、世界各国・各地域に対して、その関係性を悪化させない「調整力」を駆使しつつ、外交実績を積み上げてきた点にあると考える。
今こそ、WPSのさらなる普及に向けて、「日本として、そして日本人として何ができるのか」という歴史的使命について、一人一人が自分の頭で考え主体的に取り組まなければならない。まさに今がその時である。
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