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2023-10-20 00:00
朝鮮半島に忍び寄る「新冷戦」の影
鈴木 美勝
日本国際フォーラム上席研究員
ロシア・ウクライナ戦争が勃発して1年半が経過した。先行き見通せぬ戦争の長期化は、朝鮮半島にも不気味な影を落とし始めている。8月の日米韓首脳キャンプデービッド会談で合意した安全保障トライアングル体制の強化策に対して北朝鮮が反発、そこを捉えてすかさず北朝鮮に接近するロシアの動き、注視する中国。9月、4年半ぶりに行われたロ朝首脳会談では何が話し合われたのか。近くラブロフ・ロシア外相の平壌入りも予定され、プーチン大統領の訪中に続く北朝鮮訪問の日程調整が行われる見通しだ。朝鮮半島を巡る外交戦は、ひたひたと忍び寄る「新冷戦」の影を曳(ひ)いて、緊張感を増している。
◇ロ朝接近、反米の打算
9月13日、ロシア極東で開かれたロ朝首脳会談。会談を持ちかけたプーチン大統領の気持ちは、どのようなものだったか。「安倍晋三を2時間40分も待たせた男は、金正恩を30分も待って出迎えた」─。思い起こせば7年前、安倍首相(当時)の地元・山口県長門市で行われた日ロ首脳会談。プーチンの特別機が山口宇部空港に到着したのは、予定より2時間40分遅れ。納得のいく理由説明もなく安倍の前に姿を現して物議を醸したプーチンは、会談相手を平気で待たせる遅刻の常習犯だ。が、今回のロ朝首脳会談ばかりは違った。プーチンは、金正恩総書記の30分も前に到着、ボストーチヌイ宇宙基地で待っていたのだという。
ウクライナ戦争においては、ウクライナばかりでなく、ロシアの弾薬不足などが伝えられる。そんな中で、軍事支援を期待できる数少ない国としてプーチンが目を付けたのが北朝鮮なのだ。それだけに、金正恩に対しての厚遇ぶりは理解できる。「弾薬不足が切実なのだ」(情報筋)。現に、尋常ならざる気配りをする様が見て取れた。まず、基地施設の案内に付き添った上で会談と夕食会、合わせて5時間以上も金正恩の対応に時間を割いた。格下と見る北朝鮮に対するプーチンの接し方は、4年半前のロ朝首脳会談に比べても際立っていた。裏を返せば、「新冷戦」の写し絵とも言えるウクライナ戦争によって、北朝鮮の戦略的価値が一気に高まったからだ。ウクライナ戦争においては、ウクライナばかりでなく、ロシアの弾薬不足などが伝えられる。そんな中で、軍事支援を期待できる数少ない国としてプーチンが目を付けたのが北朝鮮なのだ。それだけに、金正恩に対しての厚遇ぶりは理解できる。「弾薬不足が切実なのだ」(情報筋)。現に、尋常ならざる気配りをする様が見て取れた。まず、基地施設の案内に付き添った上で会談と夕食会、合わせて5時間以上も金正恩の対応に時間を割いた。格下と見る北朝鮮に対するプーチンの接し方は、4年半前のロ朝首脳会談に比べても際立っていた。裏を返せば、「新冷戦」の写し絵とも言えるウクライナ戦争によって、北朝鮮の戦略的価値が一気に高まったからだ。
差し当たってロシアが北朝鮮に期待する軍事支援は、不足気味の弾薬に加えて武器・同部品、特に消耗の激しい砲身の供与だ。「最後の頼りは北朝鮮か。まるで恥知らずの物乞い外交だ」とのささやき声すら聞こえてくる。対する北朝鮮は、引き換えに食料・エネルギー支援ばかりでなく、軍事・衛星技術などの供与に期待感を示す。金正恩は同宇宙基地視察後、訪問客の芳名録に「初の宇宙征服者を生んだロシアの栄光は不滅」と記した。この後、15日にハバロフスク地方コムソモリスクナアムーレでスホイ型戦闘機の工場、16日にはウラジオストク近郊でクネビッチ空港の極超音速ミサイル「キンジャル」、新型巡航ミサイル、核搭載可能なTU160など戦略爆撃機、海軍の拠点ロシア太平洋艦隊のフリゲート艦などをショイグ国防相の案内で視察、ハイテク兵器に対して強い関心を寄せていることを印象付けた。ウクライナ戦争の長期化に伴うロ朝急接近は、反米意識を共有した打算の産物とも言えよう。
◇中朝間の障害・核問題
北朝鮮の対ロ接近には、「アジア版北大西洋条約機構(NATO)」を志向していると見る日米韓トライアングル協力に対するチャレンジばかりでなく、中国けん制の意味合いもある。中国は、朝鮮戦争で北朝鮮が義勇軍の支援を受けた伝統的な友好協力国であり、食料、エネルギーなどの供与をはじめ安全保障上も後ろ盾である最重要国。外交次元では、双方が「鮮血で固められた友誼に根差す伝統的な戦略関係」と認め合う中朝両国だが、巨大国家と国境を接する半島国家・北朝鮮の本音には、警戒感も常に同居する。それが、中国に近づきすぎると「生殺与奪の権」を握られるという「金王朝」に脈々と流れる一族のDNAだと言われる。そうしたDNAは、1950年代初めの朝鮮戦争における中国の軍事的存在感を実感したのと併せて、後に反目する中ソ両大国のはざまにあって金日成国家主席が「主体(チュチェ)思想」(注1)を案出、側近の黄長燁が体系化した政治思想として発現した。それは、現在の金正恩体制にも受け継がれている。対中関係と「主体思想」の在り方は金正恩政権の永遠の課題だが、現在の世界的な地殻変動を「100年に1度の変革期」(習近平国家主席)と認識する中国が中朝関係をどう正確に位置付けるのか─。今や差し迫った課題として浮上してきた。こうした中で、中朝の絆である「鮮血で固められた友誼」に対して障害となるのが核問題である。
東西冷戦の時代は「友誼」を前面に安定していた中朝関係だが、冷戦終結に伴って、浮沈の上下動が始まる。その最初の契機は、中韓国交樹立(1992)だったが、その後、繰り返し中朝間に激震をもたらしたのが北朝鮮の核問題だ。冷戦終結によって朝鮮半島のパワーバランスが変化する中、北朝鮮は金正日政権下で核開発に踏み切ったが、まず中朝関係を揺さぶったのが、2度にわたる核実験(2006年10月、09年5月)だった。中国は激怒、政府系メディアやシンクタンクから軍事同盟(中朝友好協力相互軍事条約)を見直すよう求める声が上がったものの、やがて落ち着きを取り戻した。ところが、金正恩の代になると、北朝鮮は核実験(2013)を再開した。中朝関係は冷却化した。金正恩が最高権力者の座に就いて以来、中朝首脳会談が行われないばかりか、逆に習主席は、北朝鮮訪問に先んじて韓国を公式訪問するという慣例破りの事態が出来した。次いで2016年、1年間で2度にわたる核実験、さらに翌17年にも通算6回目となる核実験を敢行、中朝関係は最悪の状態に陥った。
◇「新冷戦」下で高まる戦略的価値
この間、米韓両国は終末高高度防衛ミサイルシステム「THAAD」の韓国配備を決定し、正式に発表した。日韓間でも、北朝鮮の核・ミサイルに関する機密情報を共有する「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」が締結されるなど、「日米韓連携トライアングル」が次第に軍事的色彩を帯び始めた。こうした軍事環境の変化を受けて、北朝鮮は2018年2月開幕の韓国・平昌冬季オリンピックへの参加を巧みに利用し、トランプ米大統領との首脳会談によって国家的危機を打開する方策を模索し始めた。3月、金正恩は事前の了解取り付けのために中国を就任後初めて訪問、伝統的な中朝友好協力関係(「鮮血で固められた友誼」)への回帰にかじを切った(注2)。6月、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が実現、トランプと金正恩は四つのアジェンダから成る共同声明(注3)に調印、非核化の問題と米朝関係の改善に向けた他の諸課題とを同時並行の形で進める方式で合意した。
ところが、シンガポール会談の成果となった共同声明を具体化するために開催されたハノイでの米朝首脳会談(2019年2月)は、北朝鮮核施設の廃棄対象などを巡って交渉が決裂。米朝間のディール(「寧辺の核施設の稼働停止」と「南北経済協力を可能にする国連制裁の一部解除」)は成立せず、朝鮮半島を巡るパワーゲームは新たな段階へと入った。その後、朝鮮半島を動かすパワーゲームには、2022年2月に勃発したウクライナ戦争が重要ファクターとして加わり、複雑化する。われわれの眼前で展開する朝鮮半島を巡るパワーゲームは、ここに来て「新型冷戦」という一段と危うい色調を帯び始めた。
その一つが、日米韓首脳のキャンプデービッド合意で肉付けされた3カ国連携のトライアングル体制にチャレンジするようなロ朝接近だ。ウクライナ戦争が長期化する中で、ロシアにとっての北朝鮮の戦略的価値は格段に向上したが、それは中国にも当てはまる。中国は、北朝鮮が自国と国境を隣接する永久不変の地政学的価値を有する「友好協力国」、事実上の軍事同盟国。さらに言えば、「唯一の法理上の同盟国であり、中国にとって依然として代えがたい戦略的価値」があり、中朝同盟関係は「中国の国家安全保障戦略の重要な一部」(注4)だからだ。北朝鮮の戦略的価値を高めているのは、ロシアはウクライナ戦争の長期化であり、中国の場合は「米日韓“三眼聯盟”(スリーアイズ同盟)」(2023年4月28日環球時報)と呼ぶ日米韓3カ国疑似同盟だ。中国はいよいよもって「北朝鮮カード」を手放せなくなったのだ。中国人学者・姜龍範は「今や『曖昧な同盟』関係は許されない。明確な同盟関係へと変えていく必要がある」と主張している。
◇結び─プーチンから学ぶ?金正恩
2022年9月、金正恩は最高人民会議の施政演説で「(米国主導の)一極世界から多極世界への転換」を強調した。ウクライナ戦争が勃発したこの年は、北朝鮮にも歴史的な分岐点となった。同時にそれは、自国の生存を絡めて北朝鮮外交の戦略空間が大きく広がったことを意味する。史上最多のミサイル発射は少なくとも59回・69発に及んだ。その多くが新型の試験発射と実戦運用の訓練だったといわれる。「核武力政策」の法制化にも踏み切り、核使用の5条件(注5)を提示した。その中には、「有事における戦争拡大および長期化の阻止、戦争の主導権確保のための作戦上必要なケース」が挙げられている。これは、インド・パキスタン紛争シナリオを意識したものだ。すなわち、パキスタンが通常戦力で優位に立つインドの報復攻撃に抗しきれなくなった場合、パキスタンが戦術核を先制使用し、「核の敷居」を先に越えてしまうケースを念頭に置いているといわれる。
その金正恩が新型コロナのパンデミック発生後、初めての外国訪問先として選んだのがロシア。ウクライナ戦争勃発当初から核攻撃の威嚇発言を繰り返し、ウクライナの後ろ盾となっている米欧NATOに対抗しているプーチン流の手法を肯定的に評価しているものとみられる。プーチン流の「核の脅し」については、「まずあり得ないだろう」との認識が主流だが、その一方で、限定的な小型の戦術核の使用については、万が一の想定をしないわけには行かない。それこそが人間心理のあやだ。戦術核の使用に実際に踏み切れるか否かは別にして、プーチン流の核発言が、戦争のエスカレーションを回避したい米欧NATOの対ウクライナ軍事支援を小出しにせざるを得ない状況に追い込んできたのは事実であろう。ウクライナ戦争で見いだした核問題を巡る効用・効果。その意味で、瀬戸際政策で有用な外交戦のツールを新たに獲得したとも言えよう。
現時点では、日米韓「疑似同盟」に対抗する中朝ロ連携体制は内実が伴っていないが、「新冷戦」下で北朝鮮の戦略的価値が向上した点は間違いない。中朝関係で言えば、北朝鮮の核開発がその浮沈のカギを握ってきたことは確かだが、北朝鮮は核を小型化するための技術獲得をあきらめておらず、そのためには、さらなる核実験が不可欠となる。北朝鮮は、米国と対峙(たいじ)する中国にとっての地政学上の防波堤・橋頭堡(きょうとうほ)。沈んでも浮かび上がってくる中朝関係の摩訶不思議さはその点にある。それらの点をも勘案して、中朝両国は7回目の核実験を巡ってどう対応しようとしているのだろうか。(敬称略)(時事通信Janet・e-World/2023/10/13配信より)
(注1)主体思想とは、北朝鮮および朝鮮労働党の政治思想。1950年、南北統一を目指して南に侵攻、朝鮮戦争を起こした北朝鮮が、中国人民義勇軍の参戦を得て、米軍主体の国連軍と戦ったが、53年に停戦。戦後は、金日成が中ソのはざまにあって「自主、自立、自衛」の理念を掲げ、親ソ派、親中派を排除するとともに独裁を正当化する政治思想となった。72年には、憲法に「マルクス・レーニン主義をわが国の現実に創造的に適用した朝鮮労働党の主体思想」と明記され、国家主席として個人崇拝が確立した。
(注2)北朝鮮は核実験と弾道ミサイル発射のモラトリアムを発表するとともに、核実験場の放棄や「核凍結」など朝鮮半島の非核化に取り組む決意を中国側に伝えた。
(注3)1平和と繁栄に向けた新たな関係の確立2朝鮮半島の持続的で安定した平和体制の構築3朝鮮半島における北朝鮮の完全非核化4朝鮮戦争の米国人捕虜や行方不明兵士の遺体収容
(注4)姜龍範(2023年7月号「東亜」)
(注5)1核および大量破壊兵器による攻撃2国家指導部などへの核および通常兵器の攻撃3主要な戦略拠点への致命的な攻撃4有事における戦争の拡大および長期化の阻止、戦争の主導権掌握のための作戦上の必要5国家存立や人民の生命と安全に破局的な危機をもたらす事態
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