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2022-10-13 00:00
大減税か年金危機か:英ポンド急落から学ぶこと
大井 幸子
国際金融アナリスト
9月後半、世界の株式市場と為替市場も大荒れになりました。同21日に米国中央銀行FRBが0.75%の利上げ、22日に英国中央銀行BOEが0.5%の利上げ、同日午後5時に日本政府は為替介入を実施しました。146円に迫った急激な円安は、介入後に140円近くまで戻しましたが、その効果は長く続きません。翌23日には英ポンドが急落、トラス新政権がスタートし、大減税政策を打ち出します。金融市場では、コロナ禍で政府債務が膨んだ中、さらに財政悪化が懸念され、英国債券が売られ、大幅安となり、市場金利が高騰しました。28日、BOEは22日の利上げから1週間も経たないうちに、緊急に国債を買い上げる量的緩和(QE)実施に踏み切りました。トラス首相はBBCニュースで「政策は間違っていないが、もっと周到な準備をしてから政策を打ち出すべきだった」と述べています。英国ではインフレ率が10%を超え、利上げと量的引き締めを実施してきました。市民にとっては物価高で生活が苦しい中、減税は歓迎されたのですが、金融市場は警戒を強めました。
英国債の急落と長期金利高騰で、金融市場ではリスク回避の動きが起こります。特に、大きな資金を長期運用する年金基金など大手機関投資家では、既存の運用ポートフォリオの毀損に直面しました。英国の確定給付年金基金は、加入者からの入金と退職者への支払いとをマッチングさせ、さらに長期的なインフレヘッジのために、LDI(年金負債対応投資)という手法を採用しています。LDIでは株式、社債、英国債などに投資されます。年金運用において、英国債の価格急落で債券価格のみならず株価下落が重なり、取引でマージンコール(追証)がかかり、運用資産減により確定給付金支払い不能となるリスクに直面しました。国民にとって減税か、年金給付無しかの二択になったのです。さらに、英国債券市場の信用不安が欧州市場に広がり、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)スプレッドが拡大して行き、まさにリーマンショック並みの信用逼迫が起こるのではないかと国際金融市場の関係者には恐怖が走りました。そうした状況を踏まえ、BOEは急遽、金融政策を転換せざるを得なかったのです。しかし、一旦揺るぎが生じたマーケットは疑心暗鬼で、弱気で不安定な状況になっています。
同様の現象が日本でも起こるでしょうか?急激な円安にもかかわらず、日銀はイールドカーブコントロール(YCC)で長期金利高騰を抑えてくれている上、国債と株式ETFを購入し、大量の流動性を市場に供給しています。加えて、195兆円規模のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も日銀同様、株式・債券価格を支えています。日銀とGPIFの他に、3共済年金(国家公務員共済年金、地方公務員共済年金、私学共済年金)、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、さらにこれから運用開始となる「大学ファンド」を合わせた世界最大の公的巨大マネーが日本の市場を買い支えているといって過言ではありません。こうした日本国民の税金と年金に支えられ、政府は歯止めなく財政支出を増やしてきました。しかし、英国の例から見ても各国の金融・財政は国際金融市場と密接に関連しており、日本にとっても急な減税や緊縮財政は、金融市場からのしっぺ返しが来ると予想されます。かといって、積極財政で数十兆円にものぼるような特別国債(赤字国債)発行には、流動性リスクが伴うと容易に想像でき、これ以上の国債発行で日銀YCCが不能になれば、長期金利急騰で日本国債市場はパニックに陥るリスクにさらされます。こうなると円安、債券安、株安、年金危機、銀行危機が次々と起こる-まさに悪夢です。
かつてのアベノミクスでは「3本の矢」(金融緩和、財政出動、成長戦略)がありました。2013年から株価は上昇しましたが、財政出動と消費税増税の抱き合わせで景気は腰折れし、技術革新や経営改革など成長戦略には企業のカネが回らず、生産性は向上しませんでした。もちろん、日本でも優れたイノベーションはあります。しかし、市場化に至るまでには既得権益や岩盤規制に阻まれ、なかなか実現できない現実があります。今や、政府による経済対策といえばインバウンド頼みのような「他力本願」だったり、電気料金高騰分を家計に補填するなど財政支出(=将来の税金)頼みと、長期的展望はありません。日々の生活において、自分を守り、家族を守り、地域を守っていくためには、「ライフライン(水・食料・エネルギー)」の確保が第一です。政府に頼るよりも、まずは国民経済の再構築に向けて、身の周りの人たちと共同でできることをやる。農業、製造業及び地域間貿易にAIや技術革新を取り入れることで一気に6次産業化し、効率化し、生産性を向上できます。しかし現実問題として、特に農業やエネルギー、ロジスティックスの分野に関しては既得権益と岩盤規制が立ちはだかります。それでもなお、そうしたハードルを超えて自足自立し豊かに暮らせるようになれば、実証済み事実として、日本が底力を見せて成長していく起爆剤になると確信しています。
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