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2021-07-31 00:00
欧州グリーン・ディールと次世代の若者
中西 優美子
一橋大学大学院法学研究科教授
2021年7月14日に欧州委員会は、欧州グリーン・ディールの実施を強化する(delivering)ための12施策からなる包括的提案を公表した。その中でも、2035年にハイブリッド車を含むガソリン車などの新車販売の事実上の禁止や環境規制の緩い国からの輸入品に課税する「国境炭素調整メカニズム(CBAM)」の段階的導入などは、ニュースとして取り上げられ、ご存知の方も多いと思う。今回の短文では、欧州グリーン・ディールを次世代の若者との関係で取り上げることにする。
2019年12月に、Von der Leyenを委員長とする欧州委員会の元で、「欧州グリーン・ディール(European Green Deal)(COM(2019)640)が公表された。欧州委員会の任期は、5年である。この任期の最初に欧州グリーン・ディールが公表され、欧州委員会の方向性が明確に打ち出された。欧州グリーン・ディールは、気候変動を中心にして、環境保護とデジタル化に関する新たな措置の提案や既存の措置の改正案等、道筋を示す青写真的な文書である。なお、実際の措置の提案や改正案は、別の文書で個別的に示される。「欧州グリーン・ディール」という言葉がよく聞かれるように、キャッチフレーズ的な意味もある。当初は、EU予算の問題もあり、実際の実現は困難であろうという冷めた声も聞かれた。しかし、コロナ危機に対処する中で、欧州委員会はこの困難を乗り越える手段を得た。まさにコロナ危機をチャンスに変えつつある。コロナ危機に際して、最初はEUの脆弱性が目立った。EU構成国により国境封鎖がなされ、域内市場の中核である物・人の自由移動がストップしてしまったからである。しかし、その後は、EUがワクチン購入交渉を代表して行い、ワクチン審査を下部機関である欧州医薬品庁(EMA)が担うなど、EUによる統一的な行動が見られるようになった。さらに、欧州委員会は、コロナ危機からの復興計画として、「次世代EU(NextGenerationEU)」と呼ばれるEU復興基金を提案し、欧州議会と理事会による合意にこぎ着けた。このEU復興基金は、EUの7500億ユーロの借金である。この復興基金の償還は、2027年から2058年までの30年というスパンが設けられている。復興基金の中核となるのが、「復興・強靭化ファシリティ(Recovery and Resilience Facility)(RRF)」である。7500億ユーロのうちの6725億ユーロを占めている。RRFの使途は以下に限定されている。(a)グリーン移行、(b)デジタル移行、(c)スマート、持続可能およびインクルーシブな成長、(d)社会的および地域的結束、(e)健康、経済、社会および制度的な強靭性、(f)次世代、子供、若者ための政策。その際、グリーン移行(気候変動に関わる投資および改革)に計画全体の少なくとも37%が当てられなければならず、デジタル移行には少なくとも20%が配分されなければならない。このことは、2019年に出された「欧州グリーン・ディール」の弱点であった、資金の問題が解消されたことを意味する。イタリアやスペインなどコロナ危機により多大の打撃を受けた構成国は、復興基金により返済不要の財政支援(補助金)を受け取り(利用は2023年まで、2026年末までに支払いを受ける)、その資金の少なくとも37%は環境保護に用いられる。ここ数年、つまり、欧州委員会の任期中に必然的に環境保護のための投資がなされ、成果がでる形になっている。EU復興基金に「次世代EU」という名前が付けられているのは、借金の担い手になってしまう次世代に対し、次世代にとって益となる環境保護とデジタル化が確実に行われるようになっているからである。
それでは、ここであらためて、2021年7月14日に欧州委員会が公表した「Fit for 55」文書(COM(2021)550)を見てみることにする。「Fit for 55」というのは、2030年までに1990年比で少なくとも55%、温暖化ガスの排出を減らすということからきている。そのための12施策からなる提案パッケージになっている。例えば、最初に挙げた、自動車規制や国境炭素調整メカニズム(CBAM)の他、EU排出枠取引制度(EUETS)の強化、エネルギー課税指令の改正、エネルギー消費量削減目標引き上げ、再生可能エネルギー比率の引き上げ、森林等による炭素除去目標設定、持続可能な航空燃料促進、充電・水素燃料補給等のインフラ設備、海運燃料のCO2含有量上限の設定および段階的引き上げ、気候社会基金の創設など、一連の措置が目標の達成に必要とされている。このパッケージとは別に個別の措置の提案や改正案が欧州委員会から同日の7月14日に公表してされており(これらの文書は合わせて膨大な量となる)、今後効力をもつためには、欧州議会および理事会による採択が必要となる。この欧州委員会文書の最初の文章では、気候および生物多様性の緊急性に世界が対応する重要な局面にあり、我々が何とか間に合って行動できる最後の世代であると述べられている。また、今、行動を起こさなければ、次世代は、さらなる異常気象にさらされることになるとしている。そのうえで、これらの危機に対処することは、世代間(intergenerational)の連帯および国際的な連帯の事項であり、次の10年に我々が達成することが子供の将来を決定的することになると述べられている。さらに、欧州委員会は、同文書の中で、気候行動を強化することは、今日の10代を含む、若者からのアピールであるとしている。また、欧州委員会は、若者が、変化のエイジェント(agents of change)として、政府およびEUに決定的な行動するように、また、次世代のための気候と環境を遅滞なく保護するように要求していることを真摯に受け止めている。
ヨーロッパでは、若者によるデモが行われ、いくつもの気候変動訴訟(climate change litigation)が起こっている。10代を含む、若者および将来世代の利益を代表するNGOが原告として、国家を訴える、または、大企業を訴えるという訴訟が提起され、オランダ、フランスおよびドイツで勝訴判決を勝ち取った。さらに、現在、欧州人権裁判所にもポルトガルの若者が複数の国家を提起した訴訟が係属している。この「Fit for 55」文書は、欧州委員会がこのような次世代を担う若者の切実な願いを汲み取り、「欧州グリーン・ディール」の実現をより確実なものをするための政策文書となっている。また、この「Fit for 55」文書は、「欧州グリーン・ディール」文書が公表されてから、約1年半しか経っていないにもかかわらず、出された。「欧州グリーン・ディール」文書により、数多くの措置が採択され、あるいは、改正されたが、今後、さらに、新たな措置が採択され、既存の措置が改正されることになる。欧州委員会の「欧州グリーン・ディール」にかける本気度(ただの政策文書に終わらせないというもの)が膨大な具体的な提案文書と合わせて伺える。
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