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2021-07-31 00:00
デジタル改革(DX)による持続可能で公正な競争環境の構築:日欧協力の可能性と課題
福田 耕治
早稲田大学教授/GFJ有識者メンバー
1.はじめに
2019年12月欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「欧州グリーンディ―ル」と「デジタル化」を両輪とするEUの新成長戦略を発表した 。これは2050年までにEU域内温室効果ガスの排出をゼロにする「気候中立(カーボン・ニュートラル)」を実現するため、持続可能な循環型経済(サーキュラー・エコノミー)へと欧州産業構造の大転換を図るプロジェクトである。その中核的手段が、人工知能(AI)とインフラの連結性(コネクティビティ)、サービス経済、データ、投資、規制などの分野におけるデジタル改革である。この新欧州委員会の施政方針演説の2カ月後、欧州では新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた。2021年7月現在も感染力の極めて強いデルタ株の出現により、日欧のみならず世界中で猛威を振い続けており、終息する兆しは見えない。対人重視、モノ重視、距離・場所の制約があった従来の社会環境は、コロナ禍で激変し、テレワーク、オンラインによる会議、教育、診療、店舗が一般化し、企業活動と個人生活の両面で大変革が加速した。つまりコロナ禍を契機として、社会全体のデジタル化、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を急速に進めざるを得ない状況となっている。
EUのシンクタンクとして政策立案において主導的な役割を果たしてきた欧州政策研究所(CEPS)の「日欧協力の未来:欧州グリーンディールとデジタル経済の観点から」と題する2021年7月のシンポジュームにおけるSEPS理事長らの講演は、日欧協力を考える上でも大きな示唆となった。とはいえ、CEPSの二報告では、主に「欧州グリーンディ―ル」に焦点が当てられたため、デジタル改革についてはほとんど触れられなかった。そこでこれを補う観点から、本稿ではEUデジタル改革の背景や進捗状況と日本のデジタル改革の現状を踏まえ、持続可能で公正な競争環境の構築に向けて、日欧協力の可能性と課題を明らかにしてみたい。
2.EUにおけるデジタル戦略の背景と現況
2015年9月欧州委員会は、 単一デジタル市場(Digital Single Market:DSM)戦略を発表した。この戦略は、デジタル経済に関する規制の撤廃とeコマース部門における不正競争をなくし、(1) アクセスの改善、(2)事業環境、(3)潜在的経済成長の最大化、(4)国境を越える取引規制 (ジオブロッキング規制)、(5) プラットホーム取引の透明性と公平性の確保、を目指すものであった 。さらに2016年4月欧州委員会は、欧州クラウド・イニシアティブを発表し、2018年5月から、EU「一般データ保護規則 (General Data Protection Regulation:GDPR) 」の適用を開始した。
2020年2月欧州委員会は、「欧州データ戦略 : DX-単一市場」と「欧州データ空間」を構築するための戦略を公表した。これは、(1)人々に役立つ技術、(2) 公正で競争力のあるデジタル経済、(3)民主的で持続可能な開かれた社会を構築し、「EUのデジタル主権(EU’s “Digital Sovereignty ”)」確立を目指すものである。このようなEUの取り組みの背景には、世界の情報空間における米国デジタルと中国デジタルの勢力圏の飛躍的な拡大がある。米国のマイクロソフトのWindows-OSやアップルのiOS支配、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のプラットフォーム支配があり、他方で「一帯一路」戦略の下で巨大な内需と安価な労働力、国家による補助金や投資などを後ろ盾とする中国国営企業の工業生産力とBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、HUAWEI)などの民営資本企業の接合による強靭な国家資本主義による影響力の拡大がある。経済・貿易と安全保障の両面で米中間の覇権争いが起こり、両者の対立は激化する方向にある。EUは、米中の板挟みとなるのを避け、欧州市場における覇権国の支配や覇権国企業への過度の依存を減らし、デジタル分野においてEUの主体性を確保する狙いがある。デジタル市場では、EU域内市場でアメリカ企業がクラウド市場で大きなシェア(57%)を持ち、中国デジタル企業(Alibaba 5%)も域内で国境を越えるサービスの提供を拡大している現実がある 。特に、クラウド市場では、米国や中国のプラットフォームに大きく依存しているため、サイバー空間におけるハッキング、サイバー・テロから欧州の機密情報や個人データを保護し、欧州安全保障を確保する観点からも対応を余儀なくされている。
新型コロナ危機下においてデジタル化は、EUにおいても喫緊の課題となった。2020年6月デジタル化が感染制御と経済復興に重要な役割を演じるとの認識から、欧州理事会は「EUデジタル戦略」に取り組むことに合意した。経済復興から経済成長へと繋げるための財源として、同年7月「欧州の復興計画に力を与えるEU予算」の制度化にも成功した。欧州理事会のミシェル常任議長は、EUの長期予算・経済復興パッケージに関する新提案「欧州の復興計画に力を与えるEU予算」(COM(2020) 442 final )を発表し、7月欧州理事会で、7500億ユーロの「コロナ復興基金」創設の最終合意に漕ぎ着けた。その財源調達方法は、欧州委員会が債権を発行し、金融市場から資金調達する方法がとられ、その債務も加盟国全体で共有することが合意された。EUの緊急コロナ危機対応策として、欧州理事会は、EU経済復興と成長戦略のための7カ年に及ぶ中期予算計画 (2021~2027年)を制度化にも成功した。こうして総額では、2万3643億ユーロの巨額の費用が投入されることになった 。このEU多年次財政枠組み(MFF)・欧州復興基金は、ポスト・コロナの新しい成長戦略であるグリーンディール計画により、欧州産業を循環型経済へと転換させ、国連SDGsの目標でもある「誰一人取りこぼさない」包摂的社会を実現するプロジェクトの起爆剤ともなりうる。EU安全保障研究所のフィオットやショパン・リール大教授は、欧州委員会の規則によって、GAFAM等の企業活動(競争、課税、個人データ、コンテンツ)規制を行うことを歓迎し、中国についてもEUが地政学的競争において対等に闘うために、EUレベルで国家主権がプールされる必要がある勧告とする 。EUが国際社会で自律的なプレイヤーとなるために、単一デジタル市場と資本市場同盟を完成させ、EUの「技術主権」を強化することが不可欠である。EU独自のデータインフラとEUの「デジタル主権」と戦略的自律性の確保のために、欧州データ空間として、独仏中心に欧州データインフラ「GAIA-X 」ソブリンクラウドスタックを構築することが決定された。EUがデジタル主権を持ち、これを基礎にイノベーションを促進させることを企図して、2030年までの「デジタルの10年(Digital Decade)」の取り組みを「欧州未来戦略」として設定し、ホライズン・ヨーロッパの研究投資もEU第9次枠組み計画(2021~27年)の7カ年に、956億ユーロ以上の予算が投入されることとなった 。これにより、EUのデジタル改革がポスト・コロナの時代に向けて、金融分野でのフィンテック技術をはじめ、DX技術の相互利用や標準化と評価基準の設定などのインフラ基盤を強化し、中小企業や個人のDX技術の活用・支援に資することになるであろう。次に、日本でのDXの取り組みを見てみよう。
3.日本におけるデジタル改革の歴史と現況:E-Japan(DX)戦略と新型コロナ危機対応
日本政府におけるデジタル改革は、2001年高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)を設置し、「e-Japan戦略」という計画として開始された。この戦略に基づき、2015年までにデジタル化を完成させる予定であったが実現できず、2018年5月経済産業省(METI)は、DXイニシアティブをとるため、DX専門家グループを立ち上げ、7月内閣総理大臣が率いる戦略本部、DXオフィスを設置して行政手続きのデジタル化推進の検討に入ったが、デジタル戦略開始以来20年を経ても日本の行政システムのIT・デジタル化には成功しなかった 。
しかし2020年5月新型コロナ危機は、日本において官民のDXを加速させる転換点となった。自民党のデジタル社会推特別委員会がDXを推進するためのデジタル庁設置を提言し、7月内閣府が閣議決定「経済・財政管理・改革2020」を発表した。感染症蔓延への対応と経済活動の段階的再開に向け、デジタル・ニューディ―ルと呼ばれる「新しい日常」のための方針が策定され、デジタル庁が2021年9月に創設される運びとなった。感染症対応のための支援策実施過程で、日本の行政分野のデジタル化、オンライン化の遅れが顕在化してきたため、デジタル国家の構築と民間部門のDXを推進するための投資とイノベーションの推進施策を、新設されるデジタル庁が担うことになった。
EU加盟国の中でデジタル化が最も進んでいるエストニアでは、各行政機関が保有する自分のデータを国民 ID番号を入力することで閲覧でき、自分のデータを誰がいつ参照したのかアクセス記録を確認できる仕組みになっている。不審なアクセス記録を発見した場合には、苦情申し立ても可能である。日本においても行政情報漏洩や民間プラットフォームの顧客個人情報流出問題が生じるたびに懸念が高まっている。そこでサイバーセキュリティを強化し、行政情報、国民の個人情報やデジタル・プラットフォームへの信頼性を向上させるためには、エストニアと同様のシステムの構築が課題となる。コロナ禍において日本では、民間で電子契約サービスの需要が高まり、行政機関でも申請において捺印の廃止や省略が進み、デジタル署名、デジタル証明書の発効を促進する方向での法改正を行い、デジタル化のための方策が官民共同で進められつつある。日本では、EUとは異なり、政府と経産省を中心に、大企業を念頭においたDXが政策的に推進される傾向にあることを指摘できる。EUが欧州企業の九割以上を占める中小企業や個人のDX活用に重点を置き、決済分野での新技術開発と適正な規制の均衡をとりつつ、グローバル・スタンダードとなる標準化を検討しつつあることに鑑みれば、日本も中小企業や個人のDX活用分野においてもEUと協力していく分野も少なくないと言えよう。(出典)https://doi.org/10.38044/2686-9136-2020-1-2-8-16,July 31,2021.p.12.(図表)
4.おわりに:DXを実現するシナリオと日欧協力の課題
2020年は、新型コロナ危機の影響により、世界中のDX、デジタル改革への転換点の年となった。以上の検討から、日欧協力が可能ないくつかの分野とその課題も浮かび上がってきた。DXには、AI、クラウド、IoT、ビッグデータなどが含まれ、これらと関連する法令や規制の解釈を含む立法政策もデジタル化時代に対応したものへと改革する必要がある。さらにEUと同様に、日本政府は日本銀行と連携し、デジタル通貨の導入に関する共同研究を海外の中央銀行との間でも開始している。デジタル資本主義社会においては、デジタル情報は価値の源泉であり、デジタル技術を駆使して差異と希少性から利益を得ることが可能となる。EUのデジタル戦略は、欧州の歴史的価値や伝統に基づいて、「法の支配と倫理的資本主義」という規範的価値をDXの推進の中核に置き、米中デジタル勢力に対抗して「EUデジタル主権」確立を目指している。EUでは、国連SDGs、パリ協定、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資、GDPRなどの多様な国際規範を包括的に掲げて、グローバルに実施することにより、欧州産業の競争的優位を確保する戦略をとる。これは常にEUが世界の貿易・投資のゲームのルールを作る側に回る戦略であり、欧州が得意とする制度設計・企画能力を最大限に活かすものでもある。
2020年12月日本もEUと同様に、2050年の「脱炭素」に向けて「グリーン化」と「デジタル化」を基礎とする新成長戦略を発表した。日本のデジタルイノベーション戦略「Society 5.0」では、①信頼性の高いデータフリーフロー(DFFT)、②商取引の透明性・信頼性の高いデジタル・プラットフォームに適用するグローバルなルール形成、③信頼できるデータ処理を最適化するインターネット構造Webコンセプトを追加し、個人データ保護と競争法との関係からも特定のプラットフォーム企業による支配的地位や優越的地位の濫用を防止することを提唱する 。この日本のデジタル戦略は、EUの「欧州データ戦略 : DX-単一市場」構想と共通する部分も多く、このようなデジタル資本主義社会における持続可能で公正な競争環境の整備は、日欧が協力することで実現可能であり、双方の共通利益にも繋がる。デジタル分野での日欧協力は、①目に見える客観的な分析スキームの指標の確立、②「DX推進システムガイドライン」の策定、③DXを実現するためのITシステムの構築におけるコストとリスクの低減に向けての取り組み、④ユーザー企業と取引先の新しい関係、⑤DX訓練を受けた人的資源の育成と確保、⑥持続可能な循環型経済社会の構築、などの分野で相互協力することが課題となる。日欧は、気候変動、人権、労働問題などの地球規模の課題に取り組む正論を国際社会で主張し続けながら、持続可能で公正な競争環境の構築に向けて協力することにより、国境を越えるデジタル規範とルールの実施によって共通利益を確保できるであろう。
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