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2021-07-26 00:00
「力の論理」の中国と向き合う方法
加藤 成一
外交評論家(元弁護士)
オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が2016年7月12日に南シナ海全域に主権を有するとの中国の主張を退ける判決を下してから5年が経過した。判決から5年に当たり、中国外務省の報道官は7月12日の会見で、「この判決は違法であり無効であり紙くずに過ぎない。」と判決(「国際法」)を認めない姿勢を強調した。そのうえで、「中国は判決に基づくいかなる主張や行動も受け入れない。」と述べ改めて判決(「国際法」)には絶対に従わないことを明らかにした。
この裁判は、南シナ海に対する中国の領有権主張や人工島の建設などが国際法に違反するとして、フィリピンのアキノ前政権が中国を相手に提訴した裁判である。常設仲裁裁判所は、南シナ海全域に中国の主権や権益が及ぶとの中国の主張を否定し、南シナ海を覆う中国主張の境界線「九段線」内の海域や資源を中国が歴史上排他的に支配してきた事実を認める証拠はなく、「九段線」には国際法上の法的根拠がないと結論付けた。これは、南シナ海問題に関する初の司法判断であり、中国が建設した人工島などの正当性は国際法上認められなくなった。この裁判は、中国とフィリピン両国が批准している国際海洋法条約に基づき進められたものであり、判決には法的拘束力はあるが、裁判所には執行権限がないため、中国は判決(「国際法」)を一切順守しないのである。
中華人民共和国の「建国の父」とされる毛沢東主席は、「鉄砲(「暴力」)から政権が生まれる」(毛沢東著「戦争と戦略の問題」毛沢東選集2巻274頁~275頁1966年新日本出版社)と主張し、暴力万能の「毛沢東思想」によって中国共産党及び共産党員並びに人民解放軍を理論武装した。これは国際紛争の平和的解決を加盟国に求め「法の支配」を宣言した国連憲章第1条2条の原則に明らかに違反する極めて危険な「力の論理」の思想である。「法の支配」を否定する暴力万能の「力の論理」は、上記仲裁裁判所の判決を「紙くずに過ぎない」として完全無視する現在の中国政府の行動様式そのものである。このような「力の論理」に基づく中国の行動様式は、1949年の人民解放軍による新疆ウイグル侵略、1950年のチベット侵略、1958年の台湾領金門島に対する数十万発砲撃、1959年の中印国境紛争、1979年の中越戦争、南シナ海の人工島・軍事基地建設、東シナ海の尖閣諸島領海侵犯など枚挙に暇がない。
このような「法の支配」を否定する毛沢東思想に基づく「力の論理」は、現在の習近平政権にしっかりと継承されている。これは、「力」すなわち軍事力には従うという明快な論理でもある。自国の軍事力が相手国の軍事力を凌駕すると認めた場合に限って軍事力を行使し、そうでない場合はひたすら力を蓄えて機会を待つのである。まさに「敵を知り己を知らば百戦危うからず」の「孫子の兵法」である。このことは当時の国際情勢を読み介入がないと踏んだ上で前記の新疆ウイグル侵攻を行ったことや、かつて、中国は1972年の日中国交正常化交渉の田中・周恩来会談で尖閣問題の「棚上げ」を提案したことからも明らかである。
現在の中国にとって、米国が軍事力・経済力・技術力において中国を凌駕していることを中国政府はよく認識している。そのため、中国は決して米国に対して軍事力を行使することはない。しかし、将来、米中の軍事力を含む力関係が逆転した場合には中国は米国に対する軍事力の行使を躊躇しないであろう。その場合は同盟関係にある日本や、台湾に対しても同じであろう。
「力の論理」で動く中国の行動様式はその意味で分かりやすい。日本は日米同盟の一層の強化と同時に、日本独自の自衛のための対中抑止力・防衛力を強化するしかない。前記の通り、オランダ・ハーグ常設仲裁裁判所の判決(「国際法」)無視を見ても、中国は力(「軍事力」)には従うが、法(「国際法」)には従わない国家だからである。
したがって、日本としては、安全保障上、憲法上許容される自衛のために、今後、予算の許す限り、弾道ミサイル防衛システムの整備強化、長射程ミサイル等の多種多様の防衛装備類の開発導入に努めるとともに、敵基地反撃能力の保有や自衛隊の防衛上必要な活動を妨げないための法整備などをしていく必要がある。さらに、日本の安全保障上、「核抑止力」を強化するため、ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリアと同様に米国との「核共有システム」(「ニュークリア・シェアリング」)の導入も真剣に検討すべきである。なぜなら、「核共有システム」は上記各国にとって核兵器大国であるロシアに対する有効な「核抑止力」を構築しているからである。
以上の通り、日本の安全保障上、「核抑止力」を含め、日米同盟の一層の強化と同時に、日本独自の自衛のための対中抑止力・防衛力を強化すれば、「力の論理」で動く中国による尖閣諸島を含む日本国に対する武力行使は、現在及び将来にわたって抑制されるであろう。
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