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2021-07-08 00:00
(連載2)日露平和条約交渉の視角と死角:法律・歴史・経済・信頼・時間
梶浦 篤
研究者
4.信頼——求められるのは日本ではなくロシアの方
ロシアはよく日本に向かって、領土問題が解決されないのは信頼関係が足りないからだと言う。これに対して日本は、信頼関係を強化するためには、やはり経済援助だとみなして、それを益々進めようとする。それが逆効果であるばかりか、理不尽でもあることは、先に記した通りである。
さらに言えば、信頼の「主語」が逆である。日露関係は、領土問題などをめぐって、信頼関係に傷がついてしまっていることは、まさにその通りである。しかし、これはロシア人の対日不信というよりも、日本人の対露不信と言うべきであろう。あくまでも、信頼関係の改善を求める「主語」は、決してロシアではなく、あくまでも日本であるということである。なぜならば、第二次世界大戦以降、ソ連は日本に対して何回も約束を破っているからである。ソ連は中立条約を一方的に破って、終戦間際に「火事場泥棒」のように「駆込み参戦」し、米英中と違って、終戦後も戦闘を止めず、大西洋憲章などに反して領土拡張の正当化を強弁し、まったく「盗人猛々しい」などというようなことは、日本人なら何度も何度も聞かされたことがあるだろう。
ソ連が破った約束は、具体的に列挙すれば、主だったものだけでも、次のような例が挙げられる。
日ソ中立条約
ポツダム宣言第8項(カイロ宣言の「領土不拡大の原則」への違反)
ポツダム宣言第9項(シベリアなどへの抑留)
大西洋憲章(「領土不拡大の原則」「民族自決の原則」への違反)
連合国共同宣言(同上)
陸船ノ法規慣例ニ関スル規則第3款(日本人の追放とソ連・ロシア人の入植)
日ソ共同宣言(日本国からの外国軍隊の撤退を条件に追加など)
満州国の中立
日ソ共同宣言についてさらに言えば、最近ロシアは、歯舞・色丹の「引渡し」は、主権の移転を意味しないとか、「引渡し」には、この地域に米軍が置かれないことが必要だとか、内容の一方的な変更を要求している。
ちなみにロシアは、千島列島の「引渡し」を定めたヤルタ秘密協定を根拠として、千島列島はソ連の主権下に入ったと主張している。ヤルタ秘密協定は当事国でない日本を拘束するものではなく、あくまでもローズヴェルト、スターリン、チャーチルの「3人」による個人的な「密約」であり、連合国「26か国」による戦争「公約」とも言える連合国共同宣言などで謳われた「領土不拡大の原則」「民族自決の原則」に反するもので無効であるが、日ソ共同宣言に言う「引渡し」が主権の移転を意味しないというなら、ヤルタ秘密協定によっても、千島列島の「引渡し」は主権の移転を意味しないことを認めたことになり、千島列島はロシア領だとする根拠は完全に失われることになる。ロシアはよく、日本は「第二次世界大戦の結果」を認めよと言うが、「第二次世界大戦の結果」と言うなら、時代遅れで帝国主義的な、たった「3人の」密約であるヤルタ秘密協定ではなく、現代にふさわしく民主主義的な、「26か国の公約」である連合国共同宣言で合意された、「領土不拡大の原則」と「民族自決の原則」に基づくべきである。なお、ヤルタ秘密協定は原文が英語で、「引渡し」は”hand over”となっているが、ロシア語訳では「ペレダーチ」が使われている。また、日ソ共同宣言のロシア語文でも、やはり「ペレダーチ」と、同じ言葉が使われている。
また、返還後に米軍駐留をしないという誓約を求めるということについても、日ソ共同宣言の一方的な変更を意味する。日ソ共同宣言によれば、歯舞・色丹の「引渡し」は、平和条約の締結のみが条件となっており、それ以外の条件はどこにも記されていない。北海道本島にも米軍がいない現状から、北海道の離島に米軍が駐留することは、想定しがたいが、もしこのことに固執するなら、他の北方領土からロシア軍を撤退させるというくらいの譲歩が必要だろう。イージス・アショアの配備を絡めようとするのにも、同様なことが言える。
いずれにせよ、ソ連・ロシアは、日本に対してだけでも、これまでに何度も約束を破り、信頼を失い続けてきている。第二次世界大戦においては、他の国々に対しても、フィンランド、ポーランドとの不可侵条約を破ったり、さらには、フィンランド領の漁夫半島・カレリア、ルーマニア領のベッサラビア・北ブコヴィナ、モンゴル領のウリャンハイなどを併合し、大西洋憲章・連合国共同宣言で謳われた「領土不拡大の原則」「民族自決の原則」をも破ったりしている。昨今では、スポーツにおけるドーピング問題でも、ロシアは世界中から信頼を失っている。ロシア政府が新型コロのナワクチンの開発に成功したと発表しても、大統領をも含むロシア国民の大半がワクチンを受けるのを躊躇した。ロシア政府はロシア国民からも信頼を失っているようだ。
信頼を回復すべきは、ロシアの方である。ちなみに国際連盟から除名された唯一の国がソ連であり、その理由はフィンランドを侵略したということに、我々はもっと留意すべきである。
国後・択捉を放棄しても、漁業権などの点で譲歩が得られれば良しとする考えもあるようだが、これまでこれだけ約束を破ってきた国に対して、そのような譲歩を信頼することが、果たしてできるのだろうか。「暫定的な共同統治」ならまだしも、主権を譲ってしまえば、後は水産物を獲らせてもらえるかどうかは、「御心のままに」となりかねない。魚が「人質」になりかねないということである。その後、覚束ない漁業権のために、常に相手の顔色を窺い続けなければならなくなることを、覚悟しなければならない。ロシアのことであるから、ウクライナに対してしたような問題を再び生じさせ、日本がG7の一員として、対露制裁に共同歩調を求められた時に、ロシアから漁業権の停止をちらつかされるなどという恐れに、未来永劫、付きまとわれるのである。
第二次世界大戦前には、日本は、1875年の樺太千島交換条約や日露戦争の講和条約である1905年のポーツマス条約によって、ロシア領沿岸の漁業権を認められていた。ところが、ロシア革命後、ソ連の時代になると、ソ連側から漁業が妨害されるようになった。これに対して、日本は、軍艦を派遣して「自衛出漁」を行ったのである。今日のロシアがこのようなことを繰り返さないとも限らない。その際に,今日の日本は「自衛出漁」などできるはずはなく、外交ルートを通じて「遺憾である」とだけ伝えて、ただただ泣き寝入りするだけとなろう。
第二次世界大戦後、歯舞諸島におけるコンブ漁が「認められる」こととなった。1隻当たり30万円の入漁料を払ってのことである。ところが、日ソ平和条約が実現する前に、1978年に日中平和条約が結ばれると、歯舞のコンブ漁は休止とされた。その後再開されるものの、入漁料は1隻当たり、以前の13倍以上の400万円にまで吊り上げられたのであった。
執拗に繰返される領海侵犯や領空侵犯に象徴される、覇権を求める中国の台頭に直面して、ロシアと平和条約を結ぶことが喫緊であるという主張もある。しかし、約束を守らないロシアといかなる条約を結んだとしでも、それがどれ程の頼りになるだろうか。ロシアは条約が自国の利益になっているとみなせば守るだろうが、利益にならないとみなせば、紙屑として躊躇なく破る。日ソ平和条約はもとより、フィンランド、ポーランド、エストニア、ラトヴィアとの不可侵条約などと、その例には枚挙暇もない。ソフィンランドとソ連の不可侵条約について補足すると、ソ連はフィンランドがソ連の村を砲撃したと主張して条約廃棄を正当化しようとしたが、国際連盟はソ連がフィンランドを侵略したとして、ソ連を除名している。あるウクライナ人研究者によれば、ロシアは約束を破るために約束を結ぶのだそうである。従って、ロシアとの平和条約が国後・択捉を放棄してまでも獲得しなければならない程のものでは決してない。また、条約成立後も米露関係が改善されなければ、ロシアの領空侵犯が減るのだろうか疑問である。ロシアは日本の領空は同盟国の米国の支配下にあるとみなしている節があるからである。ロシアには、日本は米国の「衛星国」に見えるのかもしれない。
さらに言えば、ロシアはもはや決して、中国には絶対に逆らえない状況にある。中国は、かつてのソ連よりも世界の脅威となっている。ソ連を拡大コピーしたのが今の中国であり、ソ連を縮小コピーしたのが今のロシアである。言わば、「CCP(中国共産党)はCCCP(ソ連)より出でてCCCPよりもCCCP」である。「朱に交われば赤くなる」という言葉があるが、かつては朱がソ連で赤が中国であり、今は朱が中国で赤がロシアである。かつてはソ連がシニア・パートナーで中国がジュニア・パートナーであり、今は中国がシニア・パートナーでロシアがジュニア・パートナーである。
中ソ対立時にソ連は、北京まで25時間で行かれると息巻いていたそうであるが、今となっては中国の方が、25時間でどこまで行かれるかという状況であろう。中国は国境地帯の3省に1億人強が「面」で住んでおり、瀋陽、長春、ハルピン等、100万都市も散見される。対するロシアは、バイカル以東に約600万人が住んでいるに過ぎず、大都市と言ってもかつて中国から奪った海参威(ウラジオストク)、伯力(ハバロフスク)という60万都市が2つある程度であり、これらの「点」をシベリア鉄道が「線」で結んでいるに過ぎないのである。アジアからヨーロッパの勢力を追い出すとも言っている中国の真意を、疑り深いロシアが戦々恐々として測りかねているというのが、現状ではないだろうか。
ロシアは日本をドイツなどと並んで、自国の防衛を他国に頼らずに確保できる「主権国家」ではないとみなし、北方領土返還に難色を示している。しかし、ソ連はドイツに「東方領土」とも言える東ドイツを返還している。近い将来GDPが世界1位となり、覇権主義を強力に推し進める中国に対して、どの近隣諸国も、もはや1国では安全保障を確保できない。ロシアが「主権国家」とみなすインドも、クワッドにみられるように、米国、日本、オーストラリアとの提携を模索してきている。
実際、中国は戦後、チベット、インド、ヴェトナム、フィリピン、ブータンに侵攻しており、さらにヴェトナム戦争が終結し米軍がヴェトナムから撤退すると、ヴェトナムが統治していたホアンサ諸島を守備隊84名全員を殲滅して制圧しており、周知の通り尖閣諸島では、執拗に領海侵犯を繰り返し、東中国海のガス田を、日中中間線を侵しているかどうかの説明をせずに一方的に開発を続けている。このような中国に対して、フィリピン人はスプラトリー諸島についての反中デモで「チャイナチス」と非難し、米国の経済学者は「ならず者国家」と呼び、日本人の中にも「自己中国」と揶揄する人もいる。「尖閣ハラスメント」「尖閣ストーカー」で「二千年の恋も冷めた」といったところではないか。
中国はソ連とも国境紛争の歴史がある。にもかかわらず、ロシアは中国を「潜在的同盟国」とみなして、実質上、中国の「ジュニア・パートナー」として中国に依存し、「向中一辺倒」となりつつある。ロシアも、「主権国家」とは言えなくなりつつあるのではなかろうか。ちなみに今のところ、中国人でロシアを「潜在的同盟国」というのを聞いたことはない。2021年の珍宝(ダマンスキー)島中ソ軍事衝突事件53周年のロシア主催の式典は、報道で見る限り、中国の共催を受けず、ロシア単独で行われたようだ。
日米が中国に備えて組むべき相手は、信頼性のみならず将来性でも価値観の共通性でも、インドこそがふさわしい。インドは信頼できる親日国で両国間に領土問題も「歴史」問題もない。そればかりか、インドは将来、人口でもGDPでも、ロシアに遥かに勝り、中国をも追い抜く可能性もあり、現状でも、既に中国に対して戦略的に有利な立場にある。インドは軍事力でも経済力でも中国に未だ及ばないが、中印の国境地帯を見てみると、面白い事実が浮かび上がってくる。国境のインド側は、1962年の中印国境紛争で一時的に中国が占領したマディヤプラディシュ州で、約700万の人口を抱えている。中国の自称「人民解放軍」は、そのようなインド人民の海の中に入り、結局、撤退せざる負えなくなったのであった。
これに対して、国境の中国側は、「自治のない自治区」と言われるチベットであり、約600万人が住んでいるが、多くはチベット民族である。中国は否定するであろうが、チベット側の数字によれば、第二次世界大戦後に行われた中国の「人民解放軍」によるチベット侵攻により、当時も約600万いたチベット人のうち、5分の1に当たる120万人が犠牲となったとされ、そのうちの40万人が戦闘で、さらに40万人がそれに伴う餓死で、残りの40万人は「政治犯」として殺害されたとある。また、チベットは中国から「北方領土」と「東方領土」を奪われてもいる。中国名「青海省」の全部、四川省の西半部、雲南省の西部、甘粛省の南西部は、もともとはチベット王国の領土であった。「青海省」は、本来はアムドと言い、ダライ・ラマ14世はここで生まれている。四川省と言えば、パンダの生息地で知られているが、あるチベット人は、こう言う。「パンダは中国の動物ではありません!パンダはチベットの動物です!」
チベット人は本心は、ダライ・ラマ法王らの亡命政府を受け入れてくれているインドの味方である。インドの方がチベット人の信頼を得ているのである。また、チベットは漢民族居住地を潤す大河の上流を握っているという、戦略的優位性を持っているのである。インドは中国にコメも輸出しており、貿易大国として対中貿易依存度を影響力行使に存分に利用できるという、中国に対しても有利な立場にある。まさにインドの方こそ、「ウィー アー トージェ(セイム) イン エイジア」である。
やはりロシアは、日本に対しては、中立条約の一方的破棄以降の一連の行為について、反省し、謝罪し、原状回復できることをすべて行うことによってこそ、信頼回復の第一歩を築けるというのが、必定である。ソ連の対日参戦で犠牲になった約32万700人の生命、残留孤児、残留婦人、「特殊婦人」の人生、北方領土の海でソ連・ロシアによって奪われた31人の漁民の生命は、もはや戻らない。しかし、領土については、戻すことが可能である。およそ2000年に亘る日本の歴史上、ソ連の対日参戦ほど、外国から受けた「背信行為」はない。ロシアにとっては、「島」を還すことによって、それよりも大切な、失われた「信」を取り戻そうとするのが、国益である。「島」と「信」の交換である。「友に信あり」「信なくば立たず」という言葉があるが、国と国との関係でも、最も大切なのは「信」である。領土を拡張して「信」を失った国が、領土を取らずに、あるいは全て返還して「信」を保った国々の連合に、戦わずして冷戦という「外交の競争」で完敗したのは、当然である。「島」を返して「信」を保った国が、「島」を返さずに
「信」を失った国に完勝したのは、当然である。ちなみに、沖縄返還は「糸(繊維)」と「縄(沖縄)」の交換とも言われた。
日露平和条約交渉は、ロシアが失った信頼を取り戻す最後のチャンスと言えるかもしれない。にもかかわらず、昨今、ロシアが、日本人から不信感が強まるように強まるように振舞っているのは、誠に残念である。そうしたことを、日本側は率直に忠告すべきである。「ロシアに博愛を込めて」そう言うべきであろう。その方が、日本のためだけでなく、ロシアのためにも日露関係のためにもなるはずだからである。
このような国の指導者に対して、軽々に「信頼している」などと言うのは、得策だろうか。バイデン米大統領が、プーチン露大統領を信頼できるかと問われて、信頼の問題ではなく米国の国益のため検証するだけだと言ったということが、むしろ相手から尊敬を受け、前後はするが、会談場所に先に待たれるという処遇を受けるのではなかろうか。ちなみに、かつてレーガン米大統領が、ゴルバチョフソ連書記長に対して、信頼しようしかし検証しようと言ったのと、隔世の感がある。
5.時間——時はロシアに味方しない
「時は日本に味方しない。」 よく耳にする言葉である。北方領土の難民は、年々高齢化し、少なくなっていく。一方で、島々の開発や軍事基地化が進められ、ロシア化は着々と成し遂げられているように見受けられる。時々テレビで放映される北方領土の映像は、このことが裏付けられているようだと思う日本人も、多かろう。しかし、そこにロシアの意図を読み取る必要がある。つまり、日本人に島々の返還が困難であるという印象を持たせようとする意図である。従って、このような映像は、割り引いて見る必要がある。
現実には、時はロシアに味方しない。それは中国の存在である。中露の国境は確定したと多くの人々に思われている。しかし、次のような事実に着目すると、その判断は揺らいでくるはずである。
「第1列島線」が樺太を縦断していること。これは言うまでもなく、チョアンサ=スプラトリー諸島、ホアンサ諸島、台湾、尖閣諸島を取り込む形で、中国が一方的に設定した線である。これらの地域は、中国がそれぞれ、一部を占拠、全部を占拠、領有権を主張、領有権を主張し領海侵犯を繰返している地域である。あまり知られていないようだが、この線は、さらには日本海を通った後、樺太を縦断している。最近では、千島列島を取り込んでいるものもある。
中国では、海南島、台湾、庫頁(クイェ)島を中国の「三大島」とする見方がある。庫頁とはアイヌ民族、庫頁島とは樺太のことである。ただし、中国ではこの島を「自行放棄」(自ら進んで放棄)したとされている。
ある中国人が日本人の研究者に、一緒にモスクワに凱旋し、樺太は石油が出るので共同統治にしよう、と語ったという話がある。
最後はロシアと決着をつけるとか、アジアからヨーロッパの勢力を追い出すと言っている中国人もいる。
第二次世界大戦終結後70年を記念した、2015年の中国の軍事パレードで、大量の「水色」の戦車が披露された。これは、その色からして、インド、ヴェトナム、チベット、東トルキスタンなどに対するものではない。「水色」は、凍結した北の川の色であろう。
このような中国と冬は凍結する4000キロの川の国境を接するロシアは、経済力に比例した軍事力を持つと公言し、今後益々強大になってくる中国の相当な脅威に、一国で立ち向かわなければならないのである。ナポレオンやヒトラーに対して決定的な打撃を与えた「冬将軍」は、果たして、中国に対しては、どれほどの抑止力になるのだろうか。モスクワから中ロ国境までは、遠い所で約1万キロあり、シベリアを横断するルートとなるため、冬は一面、雪の原である。北京から中露国境までは、遠い所でも約2000キロで、南からのルートとなるため、シベリアほど雪による悪影響はない。中国はロシアより、距離の点でも雪の量の点でも、遥かに有利となっている。従って、「冬将軍」はロシアにとって却って仇となるのである。そして背後は北極海、まさに「背水の陣」である。これに対して日本は、無人島を守ればよく、背後には同盟国の米国も控えている。
今となってはGDP上位10か国にも入らなくなったロシアは、GDP第2位の中国と陸で、GDP第3位と第1位の日米の連合と海で対峙しなければならず、さらにヨーロッパでは米英独仏などのNATO諸国とも陸で対峙しなければならない。さらには、北極海を隔てては米加と対峙している。別の言い方をすれば、GDPベスト10のうち8か国と対峙しなければならないのである。この上さらに、ウクライナやシリアでも「存在感」を示し続けるなどということは、これからは、やはり難しくなろう。
このような状況下で、オホーツクの島々に軍事基地を置き、オホーツク海を聖域化して、米国を狙ったSLBMを搭載した潜水艦を配備するというのは、まったくもって金の無駄、無益、かつ無理であり、とても現実的とは言えない。米国は、ロシアの領土を取ろうとも取り戻そうとも考えてはいない。そもそも取り戻すべき領土などないのだ。スターリンが「1000人のコサック兵」と言った代物が、結局は「金食い千島」だったということである。最も重要な中露国境の防衛という観点からすると、お荷物である。
また、米国は国民から選挙された連邦議会の承認なくしては、戦争ができない。ロシアにとっては米国は、たった7人の指導者によって何でも決められる中国よりも、遥かに危険の少ない国である。
米国とうまくやっていくことは、簡単である。力による現状変更を米国の同盟国や友好国に対して試みるなど、米国の「核心的価値」を侵すようなことをしないことである。かつてのソ連や中国に対してもそうであったように、これさえ守れば、米国は独裁国家であろうが社会主義国家であろうが友好国とみなしてきた。
米国の方からは、ロシアと進んで事を構えたいとは思っていないであろう。米国の最大の懸念は、もはや中国であってロシアではない。ロシアの最大の懸念は今後、益々、中国となることが予想される。そのためには米国や日本との関係を安定させ、島々をなるべく多く返還して海軍の負担を可能な限り軽減し、陸軍に集中することが急務である。北方領土の軍事化は、それらの島々を支配し続けようとするから必要となるのであり、返還してしまえばその必要は一切ない。日露平和条約を結ぶに際して、なるべく多くの島々を日本に返還することは、日本人の不満を減少させるのみならず、ロシアの名誉がより多く回復され、ロシアの海軍の負担をより軽減することにもつながる。それによって、大陸の国であるロシアは、陸軍に専念し中国やNATO諸国に備えることが、無上の策である。さらに、北方領土の返還は、G8復帰のきっかけとなるであろう。国力を上回る領域を統治することは、限られた国家予算において、国防費が教育や福祉などの厚生費を大きく食うことになる。ロシアがアリャスカ(アラスカ)を米国に売却したのは、軍事費の負担軽減という点で賢明であった。ちなみに、中国の古典で、あまりにも大きな家を立ててしまったがために、夕方に雨戸を閉めようとしたら、閉め終わる前に夜が明けてしまい、朝に雨戸を開けようとしたら、開け終わる前に日が暮れてしまったという話がある。
ちなみに、ロシアに対しては、「北方領土」を奪われたという点で、日中は利害が一致している。中国は今は「南進論」をとっており、ロシアに対しては「トウ光養晦」を維持しているが、「北進論」をとる時には、恐らく何らかの形で日本を誘ってこよう。例えば、「オホーツク海に潜水艦を入れろ。そうしたら・・・・・・。さもないと・・・・・・。」と言ってくることくらいはあり得よう。
日中関係と日露・日ソ関係は、好対照をなしている。これまでにも多少触れたが、第二次世界大戦において、日本が最も大きな被害を加えた中国が、最も寛容で、終戦直後は尖閣諸島ばかりか沖縄全体も要求しなかった。これに対して日本に最も大きな被害を与えたソ連が、最も不寛容で、戦後は領土をたくさんむしり取った。日中関係は、約2000年もの営々とした歴史があるが、中国が加害者となったのは、対馬・壱岐・博多湾を侵略した元寇と、昨今の尖閣諸島における不法上陸・領海侵犯である。元寇は、主犯はモンゴルで、中国と朝鮮は主犯ではない。
日露・日ソ関係は、高々200年ほどの歴史しかないが、樺太・択捉・礼文に対する襲撃に始まり、第二次世界大戦末期から直後にかけての樺太・千島を含む北方領土や、朝鮮北部、満州で行われた、数々の加害行為があったのである。 このような事実を、中国が最大限に利用してくることは、考えられるだろう。
日中露3国についてだけで言えば、日中は共に、ロシアに「北方領土」を奪われたという点で、利害が一致しているのである。日本は、中国に備えるために領土問題で譲歩してでも平和条約を結んで、当てにならない弱い方のロシアと組むのではなく、共に領土問題で煮え湯を飲まされたロシアに対抗して強い中国と組んだ方が、得策である。ロシアにとっても、日本よりも中国の方が遥かに怖いので、日本ではなく中国の方に付かざるを得ないはずである。日本は、中国に対してバランスをとるためには、将来中国に勝る国力を持つ可能性が一番あり、今でも地政学的に優位な位置を占め、ロシアよりも遥かに信頼できるインドと組むべきである。
次に日中首脳会談が北京で行われる際には、近郊にある避暑山荘で語り合うしたたかさが求められているのではなかろうか。ここは、清国の咸豊帝(かんぽうてい)が、ロシアに沿海州を奪われる1860年の北京条約を締結させられ、悲嘆の中で亡くなった場所である。庭園には、中国語と英語で、このような事実が説明されている。
第二次世界大戦において、日本が米国を主敵として、本当の主敵がソ連であったことを見逃したように、今のロシアも米国を主敵として、本当の主敵が中国であることを見逃している。
時間について論じる際に、これまでにあまり用いられてこなかった、次のような論法も可能となろう。返還が遅れれば遅れるほど、返還を要求する領土は広くなっても良いという論法である。領土が返還されなければ、その間の経済的、社会的不利益は、当然弁済されるべきであるということ、それだけ不便を被ってきたという貸しがあるのだから、言わば利子を取るということである。
自国に有利ならばどんな無茶な論法をもでっち上げてくる国々が多いという現実に立てば、外交もこのくらいしたたかであっても良いのではないか。
結び――「島」と「信」の交換
これまで、日露平和交渉を、法律、歴史、経済、信頼、時間という5つの視点から、視角を変えて見てきた。すると、どの視点についても、日本側に「理」や「利」があるという、死角が見えてくる。にもかかわらず、少なくとも日本側がこのことに気付かぬまま、交渉が進められているのではないかという懸念がある。日本側は、このように有利な状況にあるので、もっと余裕をもって交渉を行うべきである。
日露平和条約交渉は、日ソ共同宣言のみならず、国後・択捉にも触れた東京宣言にも基づくべきである。東京宣言は、田中角栄首相、海部俊樹首相、橋本龍太郎首相など、歴代の日本の指導者たちの血の滲むような努力の上に、実現したものである。日ソ共同宣言は1956年、第二次世界大戦後11年、シベリアなどへの抑留者を「人質」にとられ、北洋漁業や国際連合加盟についても「生殺与奪権」を握られていたという、日ソの力関係が日本に著しく不利な時にできたものであって、現在の日露の力関係や日本側の努力を全く反映していない。「引分け」などではないのである。当時は、核兵器を頂点とする軍事力が大手を振っていた時期である。現在は、東西冷戦の決着後、四半世紀以上が経ち、核兵器の数よりもGDPが大きくものを言う時代である。2025年の万国博覧会の開催地が、初回のエカチェンブルクを抑えて、2度目の大阪に決ったのも、日露の国際的地位を象徴しているとは言えないだろうか。この間、ソ連・ロシアが最も困っているときに日本は気前よく経済支援を行った。日本が一番困っているときに、まだ有効期間であった中立条約を一方的に破ってきた国に対してである。このことは、日露平和条約作成にあたって、十二分に考慮されるべきである。
国後・択捉の日本への返還が現時点ではどうしても難しいのならば、歯舞・色丹を日本に返還し、領土問題の継続審議を明記し、あくまでも「平和条約」ではなく、「善隣条約」などの別の名称とすべきである。サンフランシスコ講和条約の締結後にも、奄美、小笠原、沖縄を米国が日本に返還したように、平和条約締結が領土問題の最終決着を意味するものでは決してないが、領土問題の継続審議を明記しても、一旦、平和条約を結んでしまえば、領土問題は「解決済み」とか「存在しない」という、かつてよく聞かされた言葉が繰り返されることを、覚悟しなければならない。中国の尖閣諸島への要求は、全く根拠のないものではあるが、鄧小平が行った、後世の両国民はもっと賢くなっているだろうから……として曖昧にして置くという手法もあるにはあるが、やはり「平和条約」という名称は、避けておくべきであろう。
根室と国後・択捉の間に国境線を画定したり、国後・択捉を放棄するような取決めは、故郷の返還のために、一貫して必死に努力し続けてきた高齢の難民に絶望をもたらすこととなり、政府主導の下で長年に亘って四島返還で心を一つにしてきた日本国民の多くも、強く反発するであろう。このような現実を、日本政府はもとよりロシアも、しっかりと直視すべきであり、未だに「我が国は大国だ」と言うなら、まさにその度量が求められよう。
G7は旧連合国と旧枢軸国が仲良く共存しているが、それは大西洋憲章、連合国共同宣言などで謳われた、「領土不拡大の原則」「民族自決の原則」をおおかた順守して、領土問題がおおよそ「引分け」で解決されていることにも、よっていると言えよう。ロシアにとっては、「島」を返還して「信」を取戻し、G8に復帰し、中国に備えるのが国益である。
なお、限られた時間内に何らかの成果をと言うならば、「領土問題の継続審議」を明記したうえで、事実上の無人島となっている歯舞諸島をとりあえず返還するという内容で、批准の要らない「歯舞諸島に関する協定」(仮称)を結ぶというのも、一法かもしれない。1953年の奄美諸島の返還協定、1968年の小笠原諸島の返還協定が、その前例となろう。
また、返還までの暫定措置として、継続審議中の島々のそれぞれの廃漁村1つずつを日本地区として、少なくとも日本人島民一世とその家族が居住できるようにするような配慮が、なされるべきである。(おわり)
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