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2021-07-03 00:00
現代中国の盲点再論ー中国共産党創設100周年式典をめぐって
松本 修
国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
7月1日、中国共産党は創設100周年を迎え、これを祝う記念式典が天安門広場で行われた。内外の報道を総合すると、式典参加者は中国共産党員を中心に7万人で、100周年記念の地上軍事パレードはなかったが「100(年)」を描いた武装ヘリ部隊、「71」を描いた最新鋭戦闘機「J(殲)20」部隊、色付きスモークで「人」型を描いた飛行編隊などが参加する「空中閲兵」が実施された。そして、内外の注目点は①中山服(人民服)を着た習近平総書記が天安門楼上に登壇・演説して毛沢東主席(当時)に擬したこと、②これが習総書記に権力と権威があることを印象付ける政治的なショーであったこと、③2019年の中華人民共和国建国70周年以来の大規模式典でありながら、それが赤の広場におけるロシアの各種記念式典や、北朝鮮のマスゲームに酷似していたことなどが挙げられよう。しかし、これらはあくまでも表面上のイメージでしかない。その裏にある事情をみるため、7月1日へ至る最近の中国の内政状況をみてみよう。
記念式典準備中の6月の中国では、広東省各地における「COVIDー19」国内感染者の再発生、湖北省十堰市のガス爆発事故、広東省の台山原発における燃料棒破損事故など突発事件が多発していた。しかしながら中国共産党は、事件対応は現場に委ねて創設100周年祝賀ムードを盛り上げる環境整備に邁進した。18日、新設された中国共産党歴史展覧(展示)館の杮(こけら)落としか習総書記ら要人が大挙して見学に訪れた。展示の中身は毛沢東、鄧小平、江沢民、胡錦涛ら歴代指導者の成果に「習近平時代」を連接したものであり、見学の最後には習近平自ら音頭をとり「初心忘るべからず」と入党宣誓を全員で行った。その1週間後の25日には、第31回中央政治局集団学習会が行われ、共産党創設当時の要人である李大釗や陳独秀が勤めた北京大学の紅楼、及び毛沢東の旧居である豊澤園を見学した後で中南海に戻り学習活動を行った。これら活動を主宰した習総書記は、①マルクス主義という科学的理論の指導、②共産主義という理想信念、③中国人民の幸福と中華民族の復興という初心と使命、④光栄ある革命の伝統、⑤自己革命(中国語:自我革命)の推進という「五つの堅持継続」を主張したのである。そして29日には「七一勲章」授与式を行い、ベテラン共産党員・遺族29名を叙勲し、習総書記は「永遠に党を信じ、党を愛し、党のためであれ」と強調した。こうした一連の流れをみてこないと、7月1日に行われた習近平による祝賀演説の中身がみえてこない。
今回、習演説を一読してみて先ず思ったのが、草稿を練って演説を作成した「スピーチライター」が誰かということだった。大方の読者は政治局常務委員である王コ寧中央書記処筆頭書記(かつて江沢民が上海から抜擢し、胡錦涛のブレーンも務めた知識人)を想起したと思うが、小生は違和感を覚えた。演説の中にある「中華民族の血には、他人を侵略し、覇権を追究する遺伝子はない」とか、「反腐敗闘争を推進し、健全な党を侵食する全てのウイルスを排除し、党の変質を防ぐ」といった「理科系」思考からくるレトリックや、内外の注目を浴びた「外部勢力が中国を虐め、抑えつけ、中国人を奴隷扱いしようと妄想するなら、14億の中国人民が血と肉で築いた鋼鉄の長城の前に血を流すことになる」という過激な主張は、従来の王書記の記述スタイルとは異なると感じたからであり、今後の政権運営を見据えて習総書記が新たなブレーンを雇った可能性もある。他方、「小康社会」(ややゆとりのある社会)の実現や「脱貧」貧困問題の解決、「徳才兼備」(道徳と才能を両方備える)党幹部の養成、及び「一国二制度」の実施対象である香港(中央の全面的な統治権行使)や台湾(祖国の完全な統一実現が共産党の歴史的任務)への施策は何ら珍しいものではなく、近年の中国政治の常用語である。しかし、今回の習演説の中、小生が注目したキーワードは二つある。
一つ目は「中華民族の偉大な復興」である。この言葉は胡錦涛時代から主張され、習近平があらためて提起、強調したものである。今回の習演説では「1840年のアヘン戦争以降、国家は屈辱を受け、人民は苦しみ、中華文明はほこりにまみれたが、ここから中華民族の偉大な復興が人民の夢になった」とされ、1921年の中国共産党創設前からの「人民の夢」が打ち出された。さらに「中国に共産党が生まれ、人民と中華民族の運命を変えた」から1949年の中華人民共和国建国が成就し、毛沢東の新民主主義革命・社会民主主義革命、鄧小平の改革開放・社会主義近代化建設の時代を経て、今や習近平の新時代の中国の特色ある社会主義の時代になったという歴史認識が披露された。スタートラインは「中華民族の偉大な復興」であり、「次の100年の奮闘目標である社会主義近代化強国の全面的な建設」こそ、ゴールラインである「中華民族の偉大な復興という中国の夢」実現とされたのである。
二つ目は「歴史を鏡として未来を拓く」という言葉の下にまとめられた9つの必須事項である。それらは①中国共産党の強固な指導、②中国人民を率いた、良好な生活のための闘争、③マルクス主義の中国化推進、④中国の特色ある社会主義の堅持・発展、⑤国防と軍の近代化加速、⑥人間の運命共同体の推進、⑦多くの、新たな歴史的特徴をもつ偉大な闘争実施、⑧中華子女の大団結強化、⑨党建設における新たなプロジェクト推進である。これら「必成目標」も、ほとんどが中国政治の常用語にすぎないが、⑦にいう「新たな歴史的特徴をもつ偉大な闘争」の中身が不分明である一方、今後の中国の「接班人」後継者へ希望を託した⑧中華子女の大団結強化が注目された。
しかしながら、今回の習演説には、小生がこれまで倦まず説いてきた、新たな「歴史決議」(改革開放路線、その中で生じた「六四」天安門事件の総括や、近年の反腐敗闘争評価等)の準備・採択を匂わせる表現は何ら確認できず、「七一勲章」授与式が挙行された6月29日こそ40年前、毛沢東体制を総括して文化大革命を否定した旧「歴史決議」採択の日であった。また、翌30日は、内外の注目を集めた「香港国安法」採択から1年経過した日であったが、いずれの「記念日」も中国当局は、共産党100周年祝賀にかこつけて「スルー」無視したことから、周到な準備を重ね、いかに洗練され、大規模で派手な演出を行ったとは言え、今回の「政治ショー」の空虚さが浮き彫りになったと考えられる。
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