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2021-06-15 00:00
貿易決済通貨の重要性
倉西 雅子
政治学者
第二次世界大戦後の自由貿易体制の構築において、何よりも注目すべきは、当時から世界大での国際通貨体制の整備が不可欠であるとする認識が広く共有されていた点です。ブレトン・ウッズ以降、自由貿易体制と国際通貨システムは、国際経済を繁栄へと導く車の両輪と見なされていたのです。単一市場となる欧州市場を形成したEUを見ても、通貨問題は市場統合と切っても切れない不可分の問題として見なされてきました。今日では、単一通貨であるユーロが発行されていますが、ユーロ誕生に先立って、EU加盟諸国では、’調整可能な固定相場制’とも称されたEMSを導入しており、各国通貨のレートの変動幅を一定に押さえることで加盟国間での貿易決済の円滑化を図っています。ここでも、自由貿易体制、あるいは、市場統合と通貨制度とは、一対の問題として捉えられているのです。
それでは、RCEPは、どうでしょうか。RCEP協定の批准に先立って、日本国の国会で、貿易決済通貨の問題が議論された形跡は皆無です。これまで、日中間の貿易にあっても、国際基軸通貨である米ドルが決済通貨として使用されてきました。しかしながら、米中対立にあって米中間の貿易が先細るとなりますと、この状況には、否が応でも変化が生じるかもしれません。中国は、米国に代わる輸出先をRCEP諸国に求めると共に、米ドル決済をやめるかもしれないからです。
第一のシナリオは、中国が、RCEP加盟国に対して輸出入ともに人民元決済を求めるというものです。このシナリオの行く先には、RCEPの枠組みが広域的な’人民元圏’へと転じる将来が見えています。人民元のデジタル化が実現すれば、貿易決済のみならず、RCEP加盟国の国内にあって人民元が流通する可能性も否定はできません。自国通貨の通貨価値の不安的な加盟国であれば、人民元に自国通貨が駆逐される事態もあり得るのです。第二のシナリオは、双方の国の企業が、自国市場への輸入に際しては相手国通貨で決済し、自国から他国市場の輸出の場合には、自国通貨で決済するというものです。このケースでは、仮に、各加盟国が、中国からの輸入額に匹敵するほどの対中輸出品を有していれば、’人民元圏’の出現は防ぐことができます。もっとも、規模において有利な中国の輸出競争力が圧倒的に優りますと、他の加盟国との間で著しい貿易収支、あるいは、国際収支の不均衡が生じ、早晩、ドフォルトの危機に陥る加盟国が現れるかもしれません。そして、第三のシナリオとして、何れの企業とも取引相手の企業との契約によって決済通貨を決定するというケースもあり得ます。この場合は、全くの’レッセフェール’となるのですが、政府間における何らの取り決めもなく、かつ、政府からの自国企業に対する要請もありませんので、取引企業間の関係において優越的な立場にある側の要求が通ることが予測されます。日中関係であれば、中国企業からの人民元使用の要求を断り、円決済を求める日本企業は、果たして、存在するでしょうか。
以上に三つのシナリオを想定してみましたが、何れにいたしましても、RCEPの枠組みにありましては、中国の人民元が貿易決済通貨として広域的に使われる可能性が高いように思えます。日本国政府が、決済通貨の問題を百も承知でRCEPへの参加を決定したとしますと、それは日本経済が中華経済圏に飲み込まれる未来も”成り行き”ではありうるとしているのかもしれません。今からでも遅くはないのですから、RCEPにつきましては、貿易決済通貨の問題を議論し、望ましくない未来が予測される場合にはRCEP離脱に向けて政策方針を転換させるべきではないかと思うのです。
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