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2020-11-30 00:00
天野為之と自然利子率
池尾 愛子
早稲田大学教授
天野為之は明治期に活躍した経済学者・経済ジャーナリストである。英文・和文と漢文の書籍を読み、金融、貿易など経済の各種データをよく観察して、自らが主幹を務めた『東洋経済新報』に署名・無署名の社説を寄せて、先駆的な経済論議を展開していた。1898(明治31)年4月25日の署名社説「日本銀行の金利を論ず」では、当時の日銀が、「自然の相場に則らずして、自家特別の低利主義を採る」ことを批判している。日銀が貸出金利を引き下げれば、全国の金利が引き下げられるとするが、それは誤まりであるというのである。「(金利の)自然の相場」は「自然利子率」と解釈してよさそうである。
天野は日銀の低金利主義の弊害を次のように指摘した。第一に、当時の銀行制度の揺籃期の事情を反映して「銀行事業の発達を妨げる」とした。民間商業銀行の紙幣発行権が制限されて、中央銀行が兌換券の発行を独占するようになっていた。民間銀行は兌換券を発行できる中央銀行から貸出を受けるのではなく、自らの貸出を増やすためには預金を集めなくてはならないとする。これが第二の弊害につながり、「貯蓄心の発達を妨げる」ことになる。「貯蓄をなすためには相当の報酬あることを要する」ので、金利を引き上げる必要がある。そして第三の弊害「資本の増加を妨げること」につながってゆく。つまり、「独立自衛の心を興し預金の利子を相当に引上げて滾々(こんこん)不尽の公衆の貯蓄を吸収することになる、ここにおいて、銀行の基礎は確然として預金の上に立ち国民の貯蓄心は発達して一国の資本が遂に大いに増加するにちがいない」となる。そして貯蓄と資本の増加(投資)のバランスをもたらすのが「自然の相場」といえる。
天野たちは内外の金利事情もよく観察していた。日本の金利は、欧米諸国の金利より高めにもかかわらず、資金が流れこまないのはなぜか。天野はその原因を「会計監査の方法朴撰にして信用すべき決算報告なく、信用すべき考課もなく、従って信用すべき株券なき」ことにあると分析した。1900年中、天野は一方で取引所批判を毎月のように行い、他方で企業監査役の役割に注目し、公共監査所または公共監査機関の設立を先駆的に唱えてゆく。現在の公認会計士制度につながってゆく提案である。
金利の影響を細かく観察した先人がいた。近世の二宮尊徳である。尊徳は「五常講」とよぶ金融互助制度を提案して実践に移したことから、荒村・借財に苦しむ藩の再建(仕法)を依頼されるようになった。そして高利の借金が原因にある(商人から2割の利息で借入れた時、利息しか払えず元本の返済が滞ることがあった)ときには、自らが提供する低利融資(実質的に7%弱)に借換えさせて借財の負担を減じたのである。現代語で書けば、金利20%の借財は返済できなくても、7%弱なら6年で完済できたのである。尊徳は『二宮翁夜話』(福住正兄筆記、1893年)において、「自然」を「作為」と対置させる一方、「永久不変な自然の法則」を語るときには「自然」を「平均」や「標準」と同様の概念として扱っている。明治時代の天野にとって、尊徳の金融実践や概念は、日本の資本を増加させるための自然な金利水準や制度的課題を考えるためのヒントとなったと思われる。
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