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2020-07-09 00:00
「国家安全法」は香港へのプロレタリア独裁の強制
加藤 成一
元弁護士
1997年の英国による中国への香港返還から23年目の記念日である7月1日に中国全人代の常務委員会が可決した「国家安全維持法」が施行された。同法は香港における反政府活動を取り締まるため、国家分裂、政府転覆、テロ活動、外国勢力との結託の四種類の活動を犯罪行為と定め、最高で終身刑を課し、香港の永住者・非永住者を問わず適用される。21条の国家分裂罪は扇動、幇助、教唆、資金援助に適用されるが、その構成要件は広く且つ曖昧であり、その解釈権は中国共産党政権が独占している。同法の施行により香港の「一国二制度」即ち香港の「自由と民主主義」は事実上崩壊したと言えよう。今後は香港において中国政府や香港政庁を批判するデモや団体、集会、結社、言論・出版・表現の自由などは、刑罰をもって禁止されるであろう。
のみならず、38条で外国人にも適用されるため、日本人による香港の民主化運動を支援する言論・報道などの活動や、それと関連した日本人による中国政府・共産党を批判する言論・報道などの活動も、「国家分裂罪」等で逮捕・拘禁、懲役に処せられる危険性がある。また、尖閣諸島が日本領であるとの中国政府批判の言論・報道などの活動も、場合によっては「国家分裂罪」等に問われる危険性がある。英国、米国をはじめ欧米先進諸国の強い反対にもかかわらず、習近平政権が敢えて同法を施行した最大の目的は、これまでの香港民主化運動に対する危機感以上に、共産党政権と社会主義体制を一層強化することにあり、共産主義が浸透しない香港に対して「プロレタリア独裁」を強制する必要があったからだと考えるべきである。その背景には米国の覇権に挑戦する習近平政権の「偉大な中華民族の復興」思想があると言えよう。
周知の通り、中国は、毛沢東による建国以来、マルクス・レーニン主義の根本原理である「プロレタリア独裁」を断行し、「共産党一党独裁体制」を堅持している(毛沢東著「人民民主主義独裁について」世界の大思想35巻334頁昭和44年河出書房新社)。プロレタリア独裁」とは、マルクスによれば、「資本主義から共産主義への過度期の国家がプロレタリア独裁であり」(マルクス著「ゴーダ綱領批判」世界思想教養全集11巻139頁昭和37年河出書房新社)、レーニンによれば、「社会主義を発展させるため、社会主義に反対する反革命分子を抑圧し自由や民主主義を認めないのがプロレタリア独裁である」(レーニン著「国家と革命」レーニン全集25巻499頁1957年大月書店)。香港で中国共産党政権に反対し、自由を求めて民主化運動に取り組む多くの市民や学生、一部メディアは、政権にとっては社会主義に反対する「反革命分子」に他ならない。したがって、今回の「国家安全維持法」の施行による民主化運動の抑圧は、共産党政権と社会主義体制の安定と発展にとって、マルクス・レーニン主義の原理からすれば、極めて当然のことなのである。
今後も、習近平政権は、今回の「国家安全維持法」の施行を手始めに香港への統制抑圧を増々強めるであろう。これを阻止できるのは、多数の香港市民・学生たちが渇望する「自由と民主主義」への抑圧を許さない欧米自由民主主義諸国をはじめとする広範な国際世論による圧力と、米国を中心とする中国政府に対する強力な「経済制裁」であろう。さらに、「G7」における中国非難決議や、国連機関による香港における人権状況の監視、香港への人権状況調査団の派遣なども有効であろう。日本政府および国会としても、中国政府に対して、今回の「国家安全維持法」による香港市民への人権抑圧を決して許さず、重大な関心を持って注視している旨の明確な決意表明をなすべきである。
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