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2020-05-24 00:00
シュンペーターの「革新」と「発明」
池尾 愛子
早稲田大学教授
J.A.シュンペーターは著書『経済発展の理論』(ドイツ語、1912年、改訂版1926年)の中で、企業家が遂行する「新結合(noue Kombinazion)」が、市場の作用がもたらす均衡を破壊して、経済の発展をもたらすと述べ、企業家のイメージをそれ以前と比べて大きく変えた。彼がハーバード大学に移籍した後の1934年には英訳が出され、新結合には「革新(innovation)」があてられた。彼の企業家精神と革新の経済学は全世界的に有名になった。シュンペーターは1931年に来日したため、日本でもよく知られている。私の学生時代、「シュンペーターの場合、invention (発明)は innovation (革新)に含まれる」と解説する教授がいたと記憶する。何度か既存の和訳や英訳に目を通しても、やはり発明は出てこない。
ところで、ノーベル物理学賞と化学賞のメダルは、「自然の女神のベールを科学の女神が持ち上げて顔を覗き込む」デザインが施されているという。科学者といえども、新しいものを発明するのではなく、自然を覆うベールを持ち上げてその顔を発見するだけと考えられているようだ。それゆえ、シュンペーターは、企業家の重要な活動について、発明と呼ばず、新結合と呼んだのであろうか。『経済発展の理論』初版の和訳が出たようなので、そのあたりの謎解きを期待したい。
天野為之(1861-1938)は彼の『商政標準』(1886年)において、技術や発明の重要性を説き、特許制度の確立を訴えていた。工業所有権の確立を目指したパリ会議が1883年に開催されてパリ条約が承認され、賛否両論が起こっていたことが背景にあった。天野は『実業新読本』(1911年、改訂版1913年)では「発明は社会を物質的に進歩させ、貿易が世界を変える」と唱え、発明や技術革新が起業につながることを期待した。天野の参考文献の一つに、ロンドンで発行されたピットマン・シリーズの『商業読本』(1905年)がある。同書により、イギリスのタイタス・ソルトがアルパカを新原料として用いて新しい毛織物を開発した話が紹介された。これはシュンペーターの新原料による革新の例といってよい。日本では「発明」の方が強調されることがしばしばあり、海外の人たちには日本の「発明」には「革新」が含まれると説明してもよいのではないだろうか。
2006~7年頃、私は1910-30年代にたくさん出た技術に関する書物を渉猟していた。経済学者、経営学者、哲学者までもが技術について喧々諤々の議論を繰り広げていた。それらと比べると、シュンペーターの本は「ハウトゥ本」に近い印象をもつことになる。既存の和訳・英訳の参考文献には経済学者の著書しかあがっていない。上のピットマン・シリーズには『世界商業アトラス』(1900年過ぎ)があり、世界各国の地理・産業についての簡明な解説を含んでいる。この本あたりを眺めていると、新原料調達や新市場開拓の構想が湧き上がってくるようにも思えるのである。
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