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2020-04-24 00:00
最近の習近平指導部への試論七論
松本 修
国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
1 はじめに
中国共産党の習近平総書記兼中央軍事委員会主席は4月20日から23日まで陝西省を視察した。今回の地方視察は、「COVID-19」への防疫活動の最中、湖北省武漢市、浙江省以来3回目のものであった。時間的には、前回の浙江省視察の前例を踏襲し「3泊4日」という長期にわたる活動となった。また、北京からの随行者も丁薛祥党中央弁公庁主任(習近平総書記の秘書室長)、劉鶴(国務院副総理、習の経済ブレーン)、何立峰(国家発展改革委員会主任 経済改革の総責任者)という浙江省視察時と同じ「側近」メンバーであった。以下、視察活動の内容を紹介したい。
2 重点は生態環境保護と貧困対策か
4月20日から習近平は、陝西省の胡和平党員会書記、劉国中省長(兼党委員会副書記)の案内で商洛、安康、西安等の視察を開始した。最初に訪れたのは商洛市にある秦嶺牛背梁という国家自然保護区(国家自然公園)であった。同公園をめぐっては2014年、総書記就任直後の習近平と当時の陝西省指導部が対立するという曰く付きの場所であった。そもそも陝西省は実父・習仲勲の出身地であり、習自身が文化大革命時代に派遣された地方であったが、牛背梁公園には数百棟の違法建築の高級別荘が林立していた。習総書記は環境保護を理由に、趙正平陝西省党員会書記(当時)に善処を何度も要求したが無視され、高級別荘は一千棟以上まで増加したとされる。ようやく2018年、多数の高級別荘は取り壊され、趙正平元書記ら党員幹部は党籍剥奪などの厳罰処分を受けた。今回、豊かな環境を取り戻した現地を見て習総書記は「陝西省は秦嶺の違法建築・開墾問題から深く教訓を汲み取らなければならない」とし、「秦嶺の生態をまもる衛兵として、決して二の舞を演じてはならず、歴史に悪名を残してはならない」と激烈な言葉を吐いて、積年の真情を吐露したのである。翌21日、習総書記は安康市の農村を訪れ、「今年は貧困脱出の攻略という決戦決勝の年であり、貧困に喘ぐ大衆の就業問題を解決することが非常に重要である」と強調した。習の訪問には胡和平省党委員会書記以下安康市、県、村の各党書記が付き従い、習を含めると「5階級」のトップが農村の生産現場、一般家庭、医院や学校の現場を視察して実態を確認したことから、貧困対策が重点となっていることも伺えた。しかし、重点はこれだけにとどまらなかった。
3 習近平、全国に大号令か
視察活動最終日の4月23日、習近平総書記は省都西安市で陝西省指導部の情勢報告を聴取して演説を行った。演説の基調は従来の防疫活動と経済振興という「両手で掴む」政策の堅持であったが、新たな側面も次のように強調された:
〇実体経済、特に製造業を優先して5G通信、Iot(物聯網)、AI(人工智能)など新型のインフラ投資を推進し、交通・水利・エネルギー領域への投資を増やし、農村の基盤施設や公共サービスの欠点を補い、不均衡・不十分な経済発展という問題に力を入れなければならない。
〇内陸部の開放に着手し、「一帯一路」という大構造建設と融合して中央アジア、南アジア、西アジア諸国に面したルート、商業・貿易の物流中枢、重要産業・人文交流基地の各建設を加速しなければならない。
〇民生は人民の幸福の基礎であり、社会の調和の根源であり、特に大学卒業生、出稼ぎ農民、退役軍人など重点集団の就業活動に力を入れ、多くのルートから就業・創業を促進しなければならない。
そして、習総書記は「今回の防疫活動闘争は重大な試練であり、各級党組織の強大な戦闘力や広範な党員、幹部の模範たる役割を明らかにした」と指摘する一方、「同時に一部の党組織の指導力の弱さ、一部の党員、幹部の能力不足という問題も暴露した」と強調し、特に政治建設を首位に置き、党の政治活動を厳格に行うことも要求したことから、中国共産党内部の引き締めも図っているとみられる。陝西省という父祖の地、ゆかりの地で習近平は、全国に大号令をかけたのかもしれない。しかし、これを取り巻く「政治安全」環境には問題点も存在するのだ。
4 「平安中国」建設プロジェクト始動
習近平の陝西省視察中の4月21日、北京では「平安中国建設協調小組」の成立を宣言する初の会議が開かれた。会議を主宰したのは郭声コン中国共産党中央政法委員会書記(兼政治局委員)であり、同小組の組長に就任したことも明らかになった。設立の趣旨は「平安な中国を建設するために一層広い領域、より高度の観点から計画を作り、人民大衆が安心して仕事を行い、安心して暮らし、無事で健康となり、心安らかになるような良い社会環境を創造する」こととされた。2日前の19日晩には、孫力軍公安部副部長が規律違反で拘束されており、社会治安対策の強化としてはタイミングがよすぎるが、党中央による設立決定は以前から準備されていたとみられ、年明け1月17日の中央政法工作会議で「法治中国」とともに「平安中国」の建設が習近平から指示されていた。同小組のメンバーは、公安部長を兼務する趙克志副書記ら中央政法委員会メンバーと重なっていたが、司法部長の名前が落ちて唐一軍遼寧省省長の名前が現れた。現職の司法部長が更迭されて新たに唐省長が後任に就いたのか否か司法部のHPを確かめたがアクセス不能であったことから政法部門にも問題点が発生していることが伺える。一方、こうした新組織設立で相対的な地位低下が予想される「中央疫情対応工作指導小組」(組長:李克強総理)は、当初予定の20日から2日遅れの22日、第27回会議が開かれて、大規模なPCR検査と抗体検査を推進する防疫活動推進が打ち出された。従来の防疫活動の「司令塔」である組織の対策会議は今後、週1回開催というようにペースダウンしていくのであろうか。
5 おわりに
一部の邦字紙報道では、「COVID-19」に対する「勝利宣言」の場として5月の全国人民代表大会(全人代)の開催が取り上げられれているが、当の習近平指導部はそこまで楽観的ではないだろう。先述した「平安中国」プロジェクトの始動は依然として不安定な社会治安情勢を裏打ちしているからだ。また、香港情報によれば全人代会議における恒例の経済成長目標が今年は設定されない可能性があるという。しかも北京市に中国各地から3,000人以上もの代表を集めれば「首都感染」発生のリスクも出て来る。「ゴムスタンプ会議」(諸議案を承認するだけの会議)と揶揄される全人代会議は、各地を繋いだVTC(ビデオテレビ会議)で行うという議案が全人代常務委員会に提起される可能性も考えられ、4月26日から始まる会議の内容が注目される。
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